苦しい体験をどう解釈するかは、私たちそれぞれにゆだねられています。
自分が誰かのせいで深く傷ついた時、その体験の原因となった相手や状況を憎み、恨み続けることもできれば、「苦しみを通して知った痛みがあるからこそ、同じ立場の人に共感することができる、この経験をもとに他者貢献していこう」と前向きに捉えることもできます。
また、自分のせいで誰かを傷つけてしまった時も同じです。繰り返し自分を責め、自分を決して赦さないという選択ができる一方で、「あの時の苦い経験のおかげで大切なことに気づくことができたんだ、これからは違う生き方をしよう」という未来志向に心を切り替えることができます。
つまり、誰にでも、
あの雨が降ったから、土壌がこんなに豊かになったんだ
そう考える力があるのです。
アドラ-心理学では、過去は過去とし、常に「今ここから何ができるか」を考えます。勿論、過去の体験は現在の考え方にある程度の影響を与えますが、過去の体験が未来を完全に支配することはありません。
なぜかと言えば、私たち人間誰もが「今ここからどうするか、自分の意志で決める力」を持っているからです(これを「自己決定性」と呼びます)。
つまり、(未来志向、建設的路線に梶を切るのが難しいと感じられる時でさえ)「前向きな選択肢」はいつも私たちの手の中にあるのです。その選択肢を選ぶタイミングが、人それぞれ、状況それぞれで違うだけで、選択肢そのものは常に私たちの目の前にある、ということです。
「いつまでも人を恨み続ける必要も、自分を責め続ける必要もない。違う選択肢もあるのだ、たとえ今、その選択肢を選ぶことができなくても、自分がそこから自由になれる道は、すでに準備されているのだ」と考えると、私には希望と生きる勇気が湧いてくるのですが、 firstname さんはいかがでしょうか?