*足りないものを埋めようとする私たち*
なぜ、私が「頑張らずに当たり前にそこにある、あなたの強みに目を向けてみてください」というのかと言うと・・・
人は本来、何かができてもできなくても、そのままでここに生きている価値があります。
人間以外の動物も草木も、なぜ自分が生きているのか?って思い悩みませんよね。生きている価値があるかないか、自問して苦悩することはありません。ただ命があるから、目の前をひたすらに生きているのです。そこに優劣の価値はありません。ジャッジはないのです。
けれど人は、「何かができる自分でないとここにいてはいけない」と感じたり、「ここに存在するために価値を生み出せる自分でいないといけない」と思い
「ない」に意識を向けて、欠落感を埋めるためにがんばってしまいがちなのです。
それは、生きてくる過程で親や周囲の大人から寄せられてきた期待や言外のメッセージ、社会からの潜在的な圧力などが影響していることが考えられます。
最近はあまり、セラピーの中で使うことはないのですが・・・
セラピーワークの中で、目の前に、お母さんやお父さんをイメージして
「お父さん、お母さん、私は何かができてもできなくてもここにいていい?」
と問いかけてもらうことがあります。
そうすると
「いい子でいないとだめ」
「迷惑をかけちゃう子はいらない」
「お父さん、お母さんの役に立たなきゃ」
「期待に応えなきゃ、この家に居場所がない」
「優秀な人間にならないと」
と、感じている部分が出てくることがあります。
深く掘り下げていくと、自分の中にいる幼い子どもの部分が、小さな頃からそのようにして頑張ってくれていることがとても多いです。
小さな子どもは自分の力だけでは生きていかれませんから、子供にとって親の庇護をもらうことはとても重要なことです。敏感に親の様子や期待を感じ取って、「何かができる価値のある自分になること」で親の関心や「ここにいても大丈夫だ」という安心を得ようとするのですね。
そしてその子ども時代の感覚を原動力に、大人になってからも存在理由をかけて頑張ってしまうのです。
でも根本的には、人は無条件にここに生きていていいんですね。
そして、それは誰かから許可をもらうようなことではないのです。
欠乏感を埋めたところで、安らぎがやってくることはなくて、おそらくまた欠けた部分が自分に迫ってくることの方が多いはずです。そもそもその欠乏感は、外側から来たものであって、あなたのものではないからです。
「ない」にばかり意識を向けていると、自分の中の「ある」には、無頓着になってしまうものです。
あなたの中にすでに「ある」ものに、光をあてて、どうかあなた自身をしっかり見てあげてください。
今すぐにはピンとこない方も、きっといつか、あなたが尊く愛すべきかけがえのない存在であることに気がつけるはずです。
あなたの強みはなんですか??
よかったらその強みを受け入れて大切にしてあげてくださいね。
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