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ネガティブを恐れる原体験
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ネガティブな感情を受け入れることに恐れがある方は、もしかしたら、幼少期にこのような体験をされているかもしれません。
・いい子でいる時だけ、親が関心を持ってくれた
・家庭に問題があっても、解決のための話しあいがされなかった
・親からの期待が大きく、厳しい躾を受けてきた
・否定や暴力、暴言を受けてきた
・親が大変そうだったので、自分がしっかりしないといけなかった
これらは一例ですが
自然にわきおこるネガティブな感情を、理由があって抑え込まなければならなかった
という体験を指しています。
例えば・・・
痛い!と泣いている時に「痛くない、こんなことで泣くな!」と、親から感情を否定されてしまったり
悲しいのに「つまんない顔してないで、笑いなさい!」と、別の感情を押し付けられてしまったり
あるいは、不安な時に親の方が大変そうだったので、我慢して平気なふりをしていないといけなかった
などなど、、、
このような経験が続くと、自分の中から自然にわき起こる感情を安心して迎え入れることが難しくなります。
自然な感情の発露が、「都合の悪いこと」「恐ろしいこと」「ダメなこと」になってしまうのです。
けれども本来、感情には良いも悪いもありません。わき起こる感情は、生理的で自然なもの。ただ、その感情を感じたという事実があるだけです。
もしもそれが、不安や恐怖などの危機を知らせるネガティブ感情であれば、子どもは養育者に安心をもとめようとします。
怖いよ〜、助けて!安心させて
その高ぶった感情を安心できる養育者のもとで、「怖かったよね~」とありのままに映し返して受け止めてもらうことで、ネガティブな感情は安心感として消化されていきます。
ところが、親の方にその余裕がなく、自然にわき起こる感情に、適切な感情言語とケアが与えられないと、子どもは混乱します。
痛いのに、痛くない。
悲しいのに、楽しい。
不安なのに、平気。
〈からだや心で感じている不快感〉と〈親からや環境からのメッセージ〉との間で板挟みになってしまうのです。
これが続くと、感情を感じないように自分をコントロールしたり、親や社会が望む「正解」の感情を感じられない自分がおかしいと感じたり、期待される感情を「演じる」ようになっていきます。
心の中にネガティブな感情の居場所がなくなってしまうのです。
そうして、無意識のうちに、自分の中からないものとして追放してしまうことになります。
でも先にも述べたように、追放したネガティブ感情はなくなりません。
ネガティブな感情に伴う心や身体の不快感は、適切な言葉と安心感を与えられないまま、心とからだに残り続け・・・
やがて、別の形をとって現れることになります。
例えば・・・
・感情が噴き出してコントロールできなくなる
・何もないのに涙が出て止まらない
・体に痛みや怠さとなって出てくる
・他者に加害的に関わってしまう
・依存から抜け出せない
などなど…
一旦保留しておいた感情が別の形で解消を求めて現れてくることになります。
しかも、これは時間の経過に関わりません。子ども時代に抱えていたネガティブな感情は大人になってもくすぶり続け、理由のわからない苦しさや生きづらさを生み出してしまうのです。