危機に直面しやすい時として、人生の節目があげられます。
それは、ポジティブな出来事であったとしても同様です。
例えば
・進学、転校
・就職、転職、昇進、失業、退職
・引越し
・恋愛、結婚、出産
・離婚、離別、死別
・病気
・親の病気、介護、死
・被災、事件・事故に遭う
など人生の重大な出来事を体験するとき、わたしたちは、危機に陥りやすくなります。
その中には自ら迎え入れるものだけでなく、心の準備なく訪れる大きな出来事というのもありますよね。
また、人生の重大イベントはひとつ乗り越えるのでも大変なのに、待ったなしに一気に押し寄せてしまうこともあります。
そんなとき、私たちの「心の器」は一気に溢れ出してしまいます。
抱えられる出来事やストレス、感情の許容量を越えてしまうのです。
心の器がいっぱいいっぱいに溢れてしまうと・・・
緊張感やイライラ、焦り、動悸がするといった反応から、やがて、不安や恐怖、絶望感、涙が出る、うつ、凍りつき、動けないといった状態になっていきます。
心の器には許容量があり、その許容量を越えるような出来事が起こると、私たちの心は崩れやすくなるのです。
それはある意味、当然のことなんですね。
中には、うまく乗り越えられない自分を無価値だと思ってしまったり、自分の力不足だと感じて恥じたりしてしまう方もいらっしゃいますが
誰しもに訪れる可能性があって、決してあなたがおかしいわけではないことを覚えていてほしいと思います。
自分の状態を認識して、心の器をオーバーしそうだ(している)と感じたら、休息する、活動量を下げる、自分を労わる、誰かに助けを求める、自分の状況を知ってもらうなど・・・
困難な状況を乗り越えるために、自分や周囲のあらゆるリソースを動員していく心持ちでいきましょう。
困難が分けられるものならば、一気に抱えるのではなく、一度に抱えられる分だけ、すこしづつ解決していくことも対処の一つです。
この時に、誰か相談できる人がいるかどうか?サポートがあるか?溢れる心の器を補ってくれるものがあるかどうか?がとても重要になります。
もしもこの時、「孤独」であるとしたら、危機はより大きなものとなります。
「人に迷惑をかけてはいけない」「人に助けを求めるのは恥ずかしいこと」「人を信用してはいけない」のような信念があったり・・・
支配的な人物から、他者との関係を制御コントロールされていたりすると・・・
孤独は増長され、器は狭まり、より追い詰められやすくなってしまいます。
そんなときには、自分一人の器ではどうにもならない部分を、誰かのサポートや外とのつながりなどを求めて、広げていくことが助けになります。
決して、一人で無理に乗り越えようとしないこと。
足りない分の器を、外側のリソースを活用して広げていくことが、危機を乗り越えるためのカギになっていきます。
*自己イメージの崩れが、危機を起こす*
人生の危機が訪れるとき、その原因は、単にその出来事の大きさと心の許容量の問題だけではないこともあります。
それは、これまでの自己イメージ、生き方が保てない状況に置かれた場合です。
人にはそれぞれに、大切にしたい自己イメージや生き方があります。
「私は〇〇な人間だ」「私は〇〇な人でいたい」といったものですね。
「私は真面目で優しい人間だ」「私は仕事ができる有能な人だ」など・・・〇〇に入る事柄は無数にあります。
特に、私たちには自分へ求める理想的な自己イメージというものがあって、それを指針にして生きていることが多いと思います。大切にしたい信条・世界観といってもいいかもしれません。
そういったポジティブな自己イメージが、これまでのように維持できなくなると、その人にとっての大きな危機となる可能性があります。
例えば、自分のことを「仕事ができる有能な存在だ」と思っていたのに、自分の現在の能力を越えた仕事を与えられば、その自己イメージは脅かされてしまいますよね。
なので、通常はその自己イメージが崩れてしまわないように、新たなスキルを磨くなどして自己イメージを保っています。
ところが、それでも対応できない事態(会社が倒産して仕事を失った、定年を迎えた、体力的にこれまでと同じ仕事量をこなせなくなったなど)に直面すると、自分を支えていた自己イメージが揺らぎ始めます。
自己イメージの揺らぎは、生き方の揺らぎにも通じます。
もしも「仕事ができる有能な存在であれば、私は生きていてもいい」など、その自己イメージを持って自分にOKを出せていたとしたら、それでは立ち行かなくなったときに、「自分はそれでも生きている価値があるのか?」と足元から存在が揺らぐ感覚になってしまうわけです。
このように、自己イメージの崩れは、自尊心を傷つけ命を脅かすような危機的体験となりえます。
これを受け入れるのはとてもきついことなのですね。
一方で、それは「これまでの自己イメージや生き方では人生が立ち行かなくなっているよ」というメッセージでもあります。
そんな時には、
本当に「仕事ができる有能な存在でなければ、生きる価値はない」のか?
その自己イメージはどこからきたのか?
その生き方は持続可能なんだろうか?
もうすこし、肩の力を抜いて生きてもいいんじゃないのか?
などなど…
生き方を問い直してみるよい機会でもあるんですね。
危機的状況が、生き方の幅を広げてくれる好機にもなるのです。
・・・
また、自己イメージが崩れるときには、暴言や暴力・ハラスメント・DVによって存在を否定されたり、自尊心を著しく傷つけられたという場合もあります。
暴力や暴言による「あなたが間違っている」「あなたが悪い」「あなたがダメだから」といったメッセージは、「私が間違っている」「私が悪い」「私がダメだから」という自責に変換されやすくなります。
もともとあった自己イメージが歪み、自尊心が低下してしまうのですね。
これも命を脅かす重大な危機となります。
そんな時には、相手と自分の問題にしっかりと線引きをして距離を取り、心を攻撃や侵害から守って、自尊心を回復する手立てが必要になります。
特にこういった傷は、視野を狭くして、正常な判断を欠きやすくなります。周囲にS.O.Sを発信していただきたいと思います。
どのような状況であっても、周囲に助けを求めたときに無理解が返ってくることがありますが、諦めないで少しでもあなたの味方になってくれる人やリソースを求めてくださいね。
・・・
というわけで、長くなりましたが、今回は「人生の危機に直面するときに起こっていること」とその対処についても簡単に触れました。
最後にまとめです。
「人生の危機に陥りやすい時と対処」
・一人では抱えきれない大きな課題に直面する
・一度に重大な出来事が重なる
→少しづつ対処する、抱えきれない困難は外側のリソースに頼る、器を広げる
・孤独である(相談できる人がいない、人とのつながりが絶たれてしまう)
→人とのつながりを持つ、サポートを求める
・これまでの自己イメージ、生き方が保てない状況に直面する
→自己イメージを整理し、生き方を見直す
・著しく自尊心を傷つけられる
→自尊心を守り回復する
・・・
私たちには、自分の力ではどうにも立ち行かなくなるときというのが誰しもあります。
そんな時に、一人でどうにかしようと頑張りすぎないで、誰かに頼ってみることも忘れないでいただきたいと思います。
人は人を傷つけてしまうこともありますが、人から受けた傷は人とのつながりの中でこそ修復できるものでもあります。
よかったら、こちらもそんな場の一つとしてご活用くださいね。
危機的状況を乗り越えられた時、より柔軟で回復力のある、豊かな器を手にしていくことになります。それはその先の人生の大切なお守りになっていきます。