さて、前回は私が漠然とした不安に襲われて、心身の不調に陥ったときのお話をさせていただきました。
*前回のお話はこちら
今回は漠然とした不安の正体について、掘り下げていきますね。
引っ越しをきっかけに起こった、原因不明の圧倒されそうな不安感、動悸。
まったくその理由がわからなかった私は、当時、何を血迷ったか「除霊」にいきましたw
自分に起こっている不調も含めて、このことは当時誰にも言えませんでした。
自分でも理屈が通らない行動だと思いながら、自分の意思に反して大きく反応する自分の心と体が理解できず…自分の外側に原因を見つけようとしたんですね。
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その後、何年も経ってから出会った心理療法で、この時の「場にそぐわないほどの不安と動悸」の根本感情がどこからきていたのか、実感することになります。
その時に受けたセラピーのテーマは確か「彼氏に言いたいことが言えない」でした。
「引っ越し時の漠然とした不安」と「恋人との関係」って全く関係なくない?って思いますよね。。
ですが蓋を開けてみると、根本的にはつながっていたというのは、よくあることなんです。
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セラピーではセラピストさんに誘導されるまま、「言いたいことが言えない」問題を掘り下げてもらいました。
目の前に、彼氏が座っていると思って「言いたいことを言うように」と指示されました。
ですが・・・胸が詰まって、言葉が出てきません。ただただ、ボロボロと涙が溢れてくるだけです。
さらに
「言いたいことを言ってしまうと何が起こってしまうの?」
と問われると・・・
大切な人から見捨てられしまいそうな、なんとも言えない恐怖がわき上がってきて、体が支えられなくなり、イスから崩れ落ちそうになりました。
それを見たセラピストさんから
「この感覚・感情をはじめて感じたのは、何歳ごろですか?」
と聞かれました。
私は「母親が失踪した日」の5才の自分を思い出しました。
この日、私は母に置き去りにされてしまったのです。
(それから二度と母はこの家に戻ってくることはありませんでした)
その途端、それまで以上に大きな恐怖と悲しみが迫り上がってきて、気がついたら側でサポートしてくださっているアシスタントさんにしがみついて嗚咽していました。
「行かないで〜、怖いよ〜、お母さん〜〜〜」そんなことを叫んでいたと思います。私はすっかり小さな子どもに戻ってぶるぶると震えていました。
爆発的な恐怖と悲しみが溢れ出して、全身からとめどなく出ていくのがわかりました。
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実は、この時の、爆発的な恐怖と悲しみの感情が、あの日引っ越しをきっかけに出てきた「漠然とした不安と動悸」の正体でした。
そう、全く同じ質の恐怖だったんですね。
「私はこれをずっと抑えてきたんだーーー」と一気に腑に落ちました。
幼児にとっての母親は、命の基盤ともいえる重要な存在です。
その母親がいなくなるというのは、死に匹敵するほどの恐怖です。
当時その恐怖や悲しみに気がついてケアしてくれる大人はいませんでした。
大人たちは自分たちのことで精一杯でそれどころではなかったからです。
けれど、子どもにとってその恐怖は一人で受け止めるには大きすぎます。
一般に、トラウマ体験とは命の危機に直面した場合に起こりやすく、強烈すぎる体験は一度に処理することが難しいとされています。その瞬間の五感、感情、認知、思考はまるっと冷凍保存されて、意識から切り離されたところにしまいこまれます。
私も、その時に抱いた全てを凍結して、その場をやり過ごして生き延びたのでした。
振り返ると、長い間凍結してきたそれらの感情は、いつも日常の些細なきっかけでしみしみと染み出していました。
いつでも物悲しい感じとして、憧れの人の前で感じる緊張感として、漠然とした生きづらさとして・・・
しみしみ、じわじわ〜と出ていたんですね。
そして、積み重なるストレスと「引っ越し」という出来事がきっかけで、抑えられなくなりはじめたのです。
引っ越しとは、命を守る場所が変わることですから、あの日の命の危機を呼び起こすことになったんですね。
けれど、遠い昔の体験と、まさか結びついているとは思いませんよね。
トラウマ記憶とは、過去が過去にならずに、生理的には今まさに起こっているように体感されます。しかもエピソードとしてのまとまりがなくバラバラにです。
だから、原因がわからなかったのです。
これが、私の、漠然とした不安の正体でした。
今回は私の場合を例としてお話ししましたが
・漠然とした感情に圧倒されそうなとき
・理由のわからない不安感やその他の感情があるとき
・爆発的な怒りが抑えられないとき
など
理由のわからない感情のコントロール不全の背景には、過去の抑圧してきた感情や傷つきの数々、トラウマ体験などが影響している可能性があるのですね。
特に小さな子どもは発達的にも未熟なので、親の不和、大人たちの喧嘩、甘えを拒絶された経験など些細なことが、死の恐怖につながりやすく大小のトラウマとなって潜在しやすいのです。
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さて、セラピーという安心安全の中で爆発的な感情を受け止めてもらったあと、私のこの恐怖の圧力はかなり下がりました。
ただし、今回のような凍結した体験をそのまま解凍するセラピーは、私は現在はしていません。
これは圧力鍋のフタをいっきに開けることになり、心身にかなり負担がかかってしまうためです。
うまくいけば、圧力はいっきに下がるけれど、お鍋がボロボロになってしまって、そのあとの回復が大変なのです。
今は、お鍋を強化しながら、お鍋が耐えられる分の圧力を、ちょっとずつ抜いていく方法を採用してます。
でも私はこの経験から、クライアントさんに対面するとき、いつも背景に凍結された大きな体験や感情・からだの記憶を想定しながらセラピーを進めています。
クライアントさんもまだ気づいていない、思い出せていない痛みや恐怖、絶望に寄り添いながら、迎えにいくひとつひとつの過程を大切にしています。
それは、とてもあたたかく、ご一緒させていただきながら、ともすると私まで癒されてしまうような優しい体験です。
なので、これを読んでセラピーが怖いと思われた方もいるかもしれませんが^^;
全く怖いものではなく、自分と深くつながり、自分を深く理解できる体験として興味を持っていただけると嬉しいです。
自分と深くつながると内側から本来のエネルギーが出てくるようになりますよ。
このようなトラウマ体験とそこからの回復が、今月の単発講座のテーマです。
詳しくは文末のお知らせをご覧くださいね。
それでは、また^^