*苦しさを生むのは、ありのままの状態へのジャッジメント*
人の苦しさの多くは、自然にわいてくる感情や思考に対して、「いい」「悪い」と自分自身がジャッジを下していることにあります。
例えば、
本来、わいてくる感情には、いいも悪いもありません。ただ、「その感情を感じた」という事実があるだけです。
(◎ここでは、感情を外に表現するのは別のこととして考えます。「湧いてくる感情を自分がどのように受け止めるか」が焦点です)
ところが、ここに価値判断のジャッジメントが入ると、今の状態を素直に受け止めることにストップがかかります。
わいてきた感情が「悲しみ」だったとして
「こんなことで悲しむなんて、甘えだ」というジャッジが入ったとしますね。
すると、そこにあった悲しみは、消化されないままそこに残ります。
さらに、悲しいのに、悲しんではいけないわけですから、相反する感情に挟まれて強い葛藤が起こります。
「悲しい…」
「悲しむな!」
悲しみとそれを抑圧しようとするエネルギーが拮抗しあうことになり・・・苦しさはさらに深まります。
さらに、もともとの悲しみに重ねて、「悲しむのは甘えだ(=悲しいのは間違っているよ)」というメッセージがやってきたら
悲しみを抱えたありのままの自分自身は、傷ついてしまいます。
こんなふうに、ジャッジがさらに自分自身を苦しく追い込んでしまうのです。
・・・
もうひとつ具体的なお悩み場面でみてみましょう。
うつで休職中の、Aさん。
ご自身に対して
「うつになるなんて、情けない」
「働けない私は役に立たない、いらない存在になってしまった」
といったジャッジをしていたとします。
すると、うつ状態だけでも辛いのに、自分からくるジャッジの言葉にさらに辛さが深まります。
そこで「そうは言っても、動けないんだから休むしかないでしょ」という対抗する意識が生まれたり
「休んでばかりいないで、家族や周囲もがっかりするから、早く回復してがんばらないと」と鼓舞する声が生まれたり
「いらない存在の私は、社会から見捨てられてしまう」と飛躍して絶望したり
と、さまざまな葛藤が起こり、自身の内側がさらに混沌としていきます。
こんなふうに、今あるがままの状態に、「いい」「悪い」のジャッジを下すことは、その問題の苦しさをより深めることにつながってしまうのです。