おはようございます、
中元 礼子です。
昨年の夏から
葬儀社の事務所で働いています。
OLをやめてから20年余りのあいだ
“労働力を提供した時間と引き換えに賃金を頂く”
というお金の稼ぎ方をしていなかったのですが、
ひょんなきっかけから
とりあえず確実な収入源を確保しようと思い立ちました。
“ひょんなきっかけ”とは、
私のコーチをしてくれる方に出会ったことです。
マンツーマンで私の成長のために時間を投下していただくので
これは相当の対価が必要だなと
コインランドリーで洗濯物を乾かしながら考えた時に、
壁に貼ってあった「葬儀社・未経験者歓迎!」の看板に目が止まりました。
ふと目を外にやると、
コインランドリーの横に葬祭場が。
今までまったく自分の生活の中になかった
“誰かの葬儀のお手伝い”。
それもいいかもなと思い
その場で電話をかけたら面接に行くことになり、
即採用になるという急展開でした。
昨年は
*早朝5時台から毎日のようにコーチング
*葬儀社での仕事を身につける
*参加される方が新しい視点・価値観に出会う場をつくるべく
読書会を定期的に開催
・・・という新しいことづくめの日々で、
老化が進みましたね(笑)。
短時間睡眠の毎日でした。
そんな日々から得たもの・変化したことはいろいろありますが、
大きな1つを挙げるとすれば、それは
「働くこと」の定義が自分の中で書き換わったことです。
OL時代、
お弁当を食べながら女子社員がよく話していたのは
「私は主婦になってレジ打ちのパートはしたくないから、資格を取る」
といったことでした。
そうかー、私もなにか手に職をつけたほうがいいのかもしれない。
漠然とそんなことを考えていた頃は、
「仕事には やりがいのある仕事と、そうでない仕事がある。」
という概念を持っていました。
そして「働く」とは、
時間を(奴隷のように)提供して、お金を稼ぐこと。
苦役という認識でしたね。
そこが、様々なことを経て 今は
「働く=傍(はた)を楽にする行動」という認識に変わりました。
「傍を楽にする行動」ですから、
時間を共有する方の気持ちを明るくする挨拶の仕方であったり、
空間がすっきりと清々しくなるように机や床を拭くことであったり。
そんなことも
とても立派な仕事なんだと気づきました。
有償であっても
無償であっても
「働くこと」は自分を含め、人を喜ばせること。
今すぐ、どこに居ても
傍を楽にする=働く
ことが出来るんだ。
このパラダイムシフト(価値観の変化)は大きかったです。
こころの中で遠くに掲げられている
「やりがいのある仕事」を時おり眺めながら、
今は「やりがいのない仕事」を我慢してやっている・・。
そんな認識でいた頃は
「今」の充実度が薄かったのですが。
「働く=傍を楽にすること」という認識になると、
没頭し、
共有し、
喜ばれ、
喜びたいこと。
仕事とはそういうものである、と思うようになり
「何をやるか?」はその時々で何でもよく、
結局「どう取り組むか?」次第なんだなと
いうことが腑に落ちてきました。
それを実践し、納得できる現場に身を置いたことが
大きな一歩でしたね。
それでは今日も、よい一日にしましょう。
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発行責任者 中元 礼子
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