【休戦開始前日にフーシ派からの弾道ミサイルが】(Y,P,H)
休戦開始を翌日朝に控えた18日、フーシ派が2度にわたってイスラエルに対して弾道ミサイルを撃ち込んだ。
朝の攻撃ではテルアビブの北にある海岸部の街ネタニヤからテルアビブ・エルサレム、そしてヘブロン近郊にある入植地までの約80kmという広範囲でサイレンが鳴った。ミサイルは迎撃され、迎撃後の破片が落下した事例がエルサレム近郊の複数箇所で報告されているが、負傷者や物損被害は出ていない。
その約5時間後には再びフーシ派からの弾道ミサイルが飛来し、南端の都市エイラットなどでサイレンが鳴ったもののイスラエル領空に入る前に、迎撃されている。
イスラエルとハマスの軍事衝突では、休戦協定締結と実際の休戦が開始するまでの間に数日間の時間があり、その間は攻撃があるのが通例。(1/18)
【女性市民3人をハマスが解放、イスラエルへ帰還】(Y,P,H)
ロミ・ゴネンさん(24)、ドロン・シュタインブレヘルさん(31)、エミリー・ダマリさん(28)が471日ぶりにイスラエルへ帰還し、自由の身になった。
ゴネンさんはノバ音楽祭に友人と参加、知人の車で避難していたところヌフバ部隊の攻撃に遭い、同乗していた3人は死亡(うち1人は遺体で拉致)。ゴネンさんは銃弾で負傷したままテロリストに捕らえられ、ガザで人質になった。
シュタインブレヘルさんとダマリさんはクファル・アザのキブツ住人で同キブツの襲撃・虐殺中、隠れていた自宅でテロリストに捕らえられ、ガザに拉致された。
協定では休戦開始は8時半からだったが、ハマスが解放する人質のリストを送付しなかったため、その遅れによって休戦開始も11:15に。朝には人質解放が行われないのでは、との恐れが広がっていた。
しかし午後4時頃、複数の赤十字車両と自動小銃やカメラを持った覆面姿のテロリストを乗せた車両がガザ市内に現れ、ガザ市民の野次馬が殺到。無数のカメラが向けられ、アラーアクバルとの歓声が上がるなど異様な光景の中、赤十字側への引き渡しが行われた。その後赤十字が国防軍に引き渡し、18時前に3人はイスラエル領内へと帰還。その後シバ病院にヘリコプターで搬送され、家族との再会を果たした。
各TVではキャスターが3人の状況を伝えながら涙ぐむなど感動ムードとなったが、人質の受け渡しがガザで(前回時と同様)見世物と化したこと、3人がハマスからパレスチナ国旗のストラップやハマスからの釈放証明書兼『感謝状』、それぞれの監禁中の写真など『贈り物』が入ったアル=カッサム旅団のロゴ付きの袋を渡されたことを批判的に報道している。イスラエルはこれらの事例を重く見、1週間後に同じような釈放劇が繰り返されないよう仲介国に対して要請するとしている。(1/19)
【入植者がパレスチナ人集落で暴徒化、警官の発砲で2人が重傷】(Y,P,H)
ナブルスの西約10キロにあるパレスチナの村アル・フンドックとジンサフットに、約40人の覆面姿の入植者集団が侵入、住宅や車などに放火や破壊行動を行うなどした。前者の村では約2週間前、パレスチナ人テロリストによる自動小銃の乱射により3人が死亡しているため、その復讐ではとも言われている。
その後通報を受けた国境警備隊が現場に急行しユダヤ人襲撃者との間で衝突が発生したが、襲撃は鎮圧された。その後警備隊が逃げる襲撃者たちを追うなかで、催涙スプレー噴射を受けた警官が銃を発砲し、2人が銃弾を受け重傷した。この発砲に関しては乱射のようだったと入植者側は主張している一方、警官側は「催涙スプレーという攻撃を受けての正当な防衛行為」と意見が食い違っている。(1/20)
【10年前に遺体で拉致された兵士、イスラエルで埋葬される】(Y,P,H)
2014年7月のガザ市内の軍事作戦中にハマスの攻撃を受けて戦死し、その後10年以上の間遺体としてハマスによって拉致されていた、ゴラニ旅団の兵士オロン・サウルさんの葬儀が北部にある墓地で執り行われた。遺体の収容作戦は諜報機関からの情報を得て休戦期間に入る前夜(18日深夜)に行われ、海軍のコマンド部隊第13艦隊やゴラニ旅団そしてシンベトなどが参加し、10年以上ハマスに囚われていたサウルさんの遺体を救出していた。
遺族や友人だけでなくサウルさんが所属していたゴラニ旅団、軍幹部やヘルツォグ大統領など数千人が葬儀に参列し、サウルさんを見送った。大統領は遺族に対して「イスラエル民族を代表して許しを請いたい。家族が過ごした苦しみの年月、私たちが国に連れ戻すという任務を果たせなかったこの10年について許して欲しい」と謝罪した。(1/20)
【ハレビ参謀総長が退任を発表―「10/7をこれから一生背負っていく」】(Y,P,H)
2023年1月より国防軍のトップを務め、10/7以降の戦争を指揮してきたヘルツィ・ハレビ参謀総長が、3月6日付で辞表を提出した。
ハレビ氏は開戦直後から軍部の失策と自身の責任問題について何度も語り、戦争終結の際の辞職も明言してきた。その後の記者会見では「私たちは大きな失敗を犯した。あの時(10/7)から私は一生、その事実を背負い続けることになっている。自身が任期を全うすることは正しくない。」と潔く語った。また同時に40年間務めた国防軍に対する自身の誇りについても言及、10/7に対する真相解明を約束すると同時に「外部による調査委員会」と与党が希望している政府調査委員会ではなく独立した国家調査委員会の必要性を訴えた。
参謀総長と同時に南部軍司令官も辞表を提出。10/7以降これで軍中枢部の指令官が6人も辞職することになり、この流れは今後も続く模様。軍部のみが次々と引責辞任していることから、「政治家も同様に責任を取るべきでは」との声が上がっている。(1/21)
【シンベト調査を2度かいくぐり、モロッコ人がテルアビブでテロ】(Y,P,H)
テルアビブの繁華街でナイフの刺傷テロが3か所で連続して発生し、重傷1人を含む計5人が負傷した。テロリストは近くを通り掛かった兵士に射殺されたが、その後の調査により犯人はモロッコ国籍のカディ・アブド・アル=アジズ(29)であることが判明。アメリカのグリーンカード保持者であり、イスラエルには3日前に入国したとのこと。
テロリストを入国させたことについては、シンベトが大きな批判を受けている。というのも犯人は到着前に在米イスラエル領事館でビザ申請を行い、その際にモロッコ国籍ということからシンベトが調査を行っており、実際の入国時も保安官が怪しい言動に気付きシンベトが取り調べを行い、危険性はないとして入国を許可した。
しかし彼のSNSには「Free Palestine」や反イスラエル的内容の投稿が見られるため、シンベトが2度にわたってどのような調査を行ったのかに批判が集まっている。(1/21)
【国防軍、南レバノンからの全面撤退を30日間延期】(Y,P,H)
ヒズボラとの停戦から日曜日で60日になり、休戦協定ではイスラエル軍はレバノンから撤退する必要があるが、レバノン軍配備が十分な形で行われておらず国防軍からの引き渡しができる状況ではないため、60日目に戦力削減や一定の撤退は行うが30日間の駐屯延長をアメリカに要請した。
実際にレバノン南部にはまだテロ拠点が残っており、大半の拠点の破壊や武器の押収作業を行っているのは国防軍というのが現状。ヒズボラはノーコメントを貫いているが、自身のメディアを通して「イスラエルが撤退しなければ、戦闘再開の可能性も」と警告するような報道をしている。(1/23) |