ある難民申請者の方と、地下鉄の駅で待ち合わせた。
彼と、彼の小学3年生の息子は、今日、歯医者さんで診療してもらうことになっている。彼の家族は長年日本で暮らしていて、難民申請をしている。つい最近まで、在留資格のある難民申請者だったが、昨年春に不認定となり、在留資格を失った。それに伴い、国民健康保険も失われた。保険がなくても医療ニーズは生じる。我慢しているうちに病状が悪化した。今日は、保険がなくても診療してくださるという、親切な歯医者さんに行けることになった。
待ち合わせ時間に少し遅れて、彼ら父子は到着した。その前に、「少し遅れそうです。ごめんなさい。」というメッセージをもらっていたので、心配することはなかった。
「電車賃が一番安い行き方を探して来たら、思ったより遠回りになって」という言葉を聞いて、少し胸が傷んだ。子どもは恥ずかしそうに、お父さんの斜め後ろについている。
歯医者さんでは、快活な先生がにこやかに迎えてくれた。彼らの事情は話してある。先に父親からの診察。日本語でのコミュニケーションに支障のないことがわかり、先生も安心した様子。治療の方針などを、丁寧に説明してくれた。
その次は、息子の診察。これまで学校の検診で、歯科治療を受けるようにという手紙をもらっていたが、行くことができなかった。
2人とも治療は1回では終わらなかったので、次回も診てくださることになった。子どもの方は、割れている奥歯を抜歯する。
帰り道、ようやく受診できて安心したせいか、彼は自分のことをいろいろと話してくれた。
出身国のミャンマーでは1988年に大規模な民主化運動が起こり、多くの市民が弾圧を受けた。3人の兄たちもデモに参加して次々に投獄され、後に釈放されたが、ほぼ1ヶ月で全員死亡した。一人は精神を病んで自殺したという。両親も早世し、彼はあっという間に一人ぼっちになった。
彼が結婚したのは2006年。その翌年にサフラン革命が起きた。
家族は日本に逃れ、難民申請をした。
結果は、不許可。そして2021年、軍によるクーデター。同じことが、また起きている。
「私たちはどうしても帰ることはできない。今の生活はすごく苦しいけれど、ミャンマーでデモしている人たちに比べたら、ずっと幸せ」と彼は言った。
本国での情勢悪化は、日本にいるミャンマー人にも暗い影を落としている。夜眠れない、食べられない、などの訴えを聞く。彼もまた、同様である。
それでも「幸せ」と言えるのはどういうことなのか、彼らと別れてから、ひとり考えた。
(ソーシャルワーカー M.I.)