何年か前、海外出張に向かう飛行機の中で、ふと子どもが大声を出していることに気づいた。これから機内食が配られるというときだった。アジア系と思われるその男の子は、英語で次のように叫んだのである。
“I hate Onigiri, it’s disgusting!!!(おにぎりなんて大嫌い、あんなくそまずいもの!!←こういう風に聞こえた。)
瞬間、ひどく傷ついた。刃物で切られたみたいに。が、なぜそんなことになったのか、まったく理解できなかった。
男の子には別の機内食が配膳された。
私は、自分が何を食べているのかよくわからず、つらつら考えていた。なぜか、子どもたちと過ごした遠い日々の記憶が次々によみがえってきた。
幼稚園児のための小さなおにぎり、運動会にみんなで食べるおにぎり、高校生の息子が部活の後で食べる特大おにぎり…。思えば、小さな命をつなぐために、どれほどおにぎりを握っただろう。子どもと外出するときには必ず持って行く非常食でもあった。
何でもない毎日の中で、おにぎりを作り、食べてもらう。喜んでもらえるように、小さな工夫を凝らす。笑顔のときもあるし、不機嫌な反応もある。その行為を通じて、いろいろな交流をしていたのだと、今になって思う。言葉にならない想いを、相互にやりとりしていた。
彼の言葉は、それらを全面否定した。それが、私を深く傷つけたのだと気づいた。
子どもを責めるつもりはない。ましてや、日本文化を礼賛しているわけでもない。ただ、自分の中に大事にしまい込んでいた記憶が、特定のもの・言葉とこんなにも深く結びついていることが、大きな驚きだった。(石川) |