【アスリートと演奏家】
日本が史上最多のメダルを獲得した東京五輪、そして現在開催されているパラリンピック。次々と流れるメダル獲得のニュースに、嬉しく誇らしい気持ちになります。
みなさんの一番心に残った瞬間は何でしょうか?
私は以前から、選手たちの活躍を文字で読んでも、映像を通して観戦することはありません。
自らのコンクールの経験と重ね合わせて、緊張してしまうからです。
アスリートと演奏家は共通点が多くあるように感じます。
長い間かけて鍛錬してきたものをたった一回、その一瞬で完璧に出し切ることが求められます。
最近話題に上ることの多い、アスリートの「心の健康」。五輪の決勝を途中棄権したバイルス選手の記事を読んで、命を削る想いで臨んでいたコンクールを思い出しました。
さらに、アスリートに故障が付き物のように、演奏家も腱鞘炎などとうまく付き合いながら、パフォーマンスを続けています。長時間練習した後には、クールダウンやマッサージも欠かせません。
レース前夜に急遽マラソンの開始時間が変更され、困惑するアスリート達の様子も取り上げられました。
私も本番の時間に合わせて、数日前から生活リズムを作ります。お昼の本番なら朝型に。夜の本番には、夜に1日のエネルギーのピークがくるように。本番の時間を良いコンディションで迎えられるよう、睡眠や食事のタイミングを計算します。
食事の内容にも気を遣います。タンパク質を意識して摂り、むくみを引き起こす塩分や糖分は取りすぎないように気をつけています。
一方で、アスリートと演奏家では、大きく違う部分もあります。それは点数や勝ち負けが無い事です。
コンクールでは、競い合うものが目に見えず、数字にあらわれない事に苦しめられることもあります。しかし音楽は本来、競い合うものではありません。
一人一人がそれぞれの理想を持ち、違う演奏をする事。限界を超える超人的なパフォーマンスより、人間らしさや個性こそが演奏家の魅力となります。そして、向き合うべき相手は、音楽と自分と、そしてなによりも、目の前で聴いてくださっている聴衆の皆様です。
演奏家が目指すべきものは、記録の更新ではなく、「伝える力」を磨くことだと思っています。
会場に足を運んでくださる皆様に、目に見えず言葉にできない何かを、音楽を通して少しでも受け取っていただける演奏ができるよう、日々励んでまいります。
この秋は、様々な編成やプログラムでのコンサートが多く予定されています。
皆様と会場でお会いできるのを楽しみにしております!