ヴァイオリニスト 鈴木舞 ニュースレター Vol.91

音と旅するドイツ、前半記

ヨーロッパ公演の続編として、今回はドイツでの三公演を振り返ります。

ポツダム、アッシュハイム、ミュンヘンの三都市をピアニストの柏本佳央理さんとともに巡った演奏の旅です。

最初の公演地は、ベルリンから車でおよそ40分、森と湖に囲まれた美しい街・ポツダム。

フリードリヒ大王が愛し、芸術と哲学が息づくこの街は、どこを歩いても静かな品格と深い文化の香りに満ちています。

演奏会場は、凝った装飾が華やかな美しいサロン。優しいグリーンとゴールドを基調とした内装に、柔らかな光が差し込み、ステージには堂々たるスタインウェイが置かれていました。

柏本さんのピアノは、その空間の響きを読み取りながら、柔らかく語りかけるような音を紡いでいました。

モーツァルトでは、作品に息づく喜びと憂いのコントラストを浮かび上がり、まるで一つの物語のように展開していく感覚がありました。

音楽が「共に語るもの」であるという原点を思い出させてくれる時間でした。

客席の人々は、真摯に耳を傾けてくださり、トークでは頷きながら反応してくださり、演奏する私たちの心を自然に解きほぐしてくれるような温かさがありました。

翌日はポツダムの街をじっくりと歩きました。

“Sans Souci(憂いなく)”という名をもつサンスーシ宮殿は、

フルートを愛奏したフリードリヒ大王が、音楽と哲学をこよなく愛し、心の安らぎを求めて築いた離宮。

王はここでしばしば宮廷楽団を集め、自らフルートを演奏しながら、C.P.E.バッハら宮廷音楽家とともに音を交わしたといわれています。

庭園を吹き抜ける風の清らかさに、芸術と自然が響き合う理想を実際に見たような気がしました。

建物の装飾や光の配置、そして至るところに見られる自然のモティーフには、

音楽と哲学と自然を生涯の友とした王の美意識と孤独がにじみ出ているようでした。

そしてこのポツダムという街は、第二次世界大戦後、「ポツダム宣言」が発表された場所としても知られています。

同じ街が、ある時は芸術の理想郷として、またある時は世界の行方を決める会議の舞台として歴史を刻んできたことを思い、ひとつの場所に重ねられた時間と人の営みの深さに、思いを馳せました。

次に訪れたのはバルベリーニ美術館。モネモネやルノワールらの作品に囲まれ、印象派の光の描き方が、どれほど音楽と近い感覚にあるかを改めて思いました。

筆の運びや色彩の重なりが、まるで音の和声のように揺らぎ、視覚が次第にリズムを帯びていく。

絵を見ていると頭の中で自然に音が鳴り始め、絵画と音楽の世界が静かに重なり合っていくのを感じました。

午後には、運河の船に乗り街を水上から眺めました。

並木の向こうに歴史的建造物が連なり、各時代の建築様式が折り重なるその風景から、この街がさまざまな文化と人々の交わりによって形づくられてきた場所なのだと感じました。

水面水面に映る街並みを見つめながら、歴史と文化が、音楽と同じように幾重にも“層”を重ねていく様が、とても美しく心に残りました。

夕方にオランダ人街の近くを歩いていると、偶然モーツァルトが滞在したと記されている家を見つけました。

この街区は18世紀、フリードリヒ・ヴィルヘルム1世がオランダの職人たちの技術と精神を取り入れて築かせたもので、赤煉瓦の家々が整然と並び、今も当時の面影を残しています。

異国の小さな石造りの家の前に立つと、旅をしながら作曲に没頭したモーツァルトの姿が目に浮かぶようで、音楽の根底にある「旅」と「発見」という普遍的なテーマを、あらためて思いました。

次の公演地は、ミュンヘン近郊の町、アッシュハイム(Aschheim)。

穏やかな丘陵地帯に広がるこの地域は、古くから修道院文化が根づき、人々の暮らしと音楽が静かに共存してきた場所です。

 

演奏が行われたのは、作曲家・指揮者として地元で親しまれたヴァルター・ハウプト(Walter Haupt)氏の名を冠したホール、Walter-Haupt-Saal。

この日は、リサイタルの前に彼のメモリアルセレモニーが開かれ、急遽、彼の作品を演奏してほしいと依頼を受けました。

思いがけない依頼でしたが、その土地の音楽をその場で奏でることができたことに、深いご縁を感じました。

ホールのピアノは個性の強い楽器で、リハーサルでは響きの方向や厚みを確かめながら、柏本さんと舞台上で丁寧に位置を調整しました。

時間を重ねるうちに、空間と楽器と人の呼吸がひとつに溶け合い、音が会場全体に満ちていく瞬間が訪れました。

 

この公演では、ファーストアルバムのために信長貴富さんに書き下ろしていただいた《きらめく五月よ、そよぐ大樹を》も演奏しました。

CDに掲載する横文字のタイトルを付ける際に、ドイツ語版「Strahlende Mai, raschelnde Eiche(輝く五月、そよぐ樫の木)」を考えてくれた友人とも再会。

「Eiche(樫の木)」という言葉を選ぶまでに、どれほど思索を重ね、日本語の“そよぐ”という繊細な語感を、ドイツ語でどう響かせるかを考えてくれたのかを思い出しました。

その背景を胸に、再び彼の前でこの曲を演奏できたことが、本当に嬉しかったです。

本番では、セレモニーが予定より大幅に延びたため、リサイタル第1部の曲間で一度ステージ裏に下がったところ、客席の明かりが点き、そのまま休憩に入ってしまうというハプニングもありました。

それでも会場は笑いに包まれ、緊張がふっと解ける、ドイツらしい温かな瞬間となりました。

前半戦の締めくくり、三公演目はミュンヘン。

会場は、芸術家たちのために建てられた由緒ある建物「クンストラーハウス・ミュンヘン(Künstlerhaus München)」。

彫刻や絵画が飾られ、歴史が静かに息づく、格調高いサロンです。

この日のメインは、グリーグの《ヴァイオリン・ソナタ》。

北欧の光と影、孤独と祈りを内包する作品で、会場全体が静まり返り、終演後には涙を拭いながら拍手を送ってくださる方の姿もありました。

また、日本の作曲家・池内友次郎のソナチネに対しても「日本的な精神が感じられて美しい」とのお言葉をいただき、異国の地で自国の音楽が共鳴する喜びを改めて感じました。

 

主催者の方の品格と温かいお人柄がそのまま会全体にあらわれた、笑顔あふれる忘れがたいコンサートでした。

どの公演でも、皆さまの細やかなお心配りに支えられ、

緊張感の中にも穏やかな気持ちで舞台に臨むことができました。

温かな関係者や聴衆に恵まれ、このようにドイツの地で演奏できたこと、そしてその機会を支えてくださったすべての方々に、心より感謝しています。

 

終演後には「またぜひ戻ってきて演奏を聞かせてください」と多くのお客様から声をかけていただきました。

人と音との出会いが新しいご縁を生み、また次の音楽へとつながっていく、その循環の中に自分がいられることを、あらためて幸せに感じました。

ドイツの聴衆の前で演奏することには、日本とはまた異なる緊張感があります。

人々は、テクニックや華やかさよりも、音の奥にある本質、演奏者の思想や人生、そして何を伝えたいのかに真剣に耳を傾けます。

そのような背筋が伸びるような空気の中で、温かな拍手と共感をいただけたことは、安堵とともに、次への確かな自信となりました。

 

次回は、恩師インゴルフ・トゥルバン氏との共演による三公演を綴ります。どうぞお楽しみに。

10月最初の演奏は、プライベートイベントでの新年度を祝う会でした。

新しい季節の幕開けにふさわしく、勢いや未来への希望を感じていただけるよう、軽やかで前向きな曲目を選びました。

会場は和やかな空気で、音楽を通して皆さまの笑顔とエネルギーに包まれるような、心温まるひとときとなりました。

続いては、後援会主催のコンサート。

ピアニストの小林侑奈さん、チェリストのグレイ理沙さんと共に、トリオでの公演をお届けしました。

早い段階から満席のご予約をいただき、たくさんの方々にお越しいただきました。

前半はさまざまな国の歌心あふれる柔らかなプログラム、後半は生誕150年を迎えるラヴェルの世界へ。

ピアノ三重奏曲では精密に組み立てられた構築美を、そして《ボレロ》のトリオ版で躍動感、ツィガーヌで情熱を。

同じ作曲家の中に息づく多面的な魅力を、皆さまと共に旅するような時間となりました。

その次は佐原詩音さんと共にチェロとのデュオで、保護師さんたちの式典でのプライベート公演。

日々多くの方々を支えていらっしゃる皆さまに、少しでも心の安らぎを感じていただけたらとの想いで演奏しました。

ほんのひとときでも音に身を委ねてリラックスしていただけていたら嬉しく思います。

さらに、高級老人ホームでのコンサートでは、ヴィオラの田原綾子さん、チェロの伊東裕さん、ピアノの福原彰美さんと共演。

それぞれのソロに加え、モーツァルトのピアノ四重奏曲など、本格的な室内楽をお届けしました。

客席からは、身を乗り出して聴いてくださる方、静かに涙をぬぐわれる方の姿も見られ、音楽が人の心に届く瞬間を改めて感じる公演となりました。

その日の夜には、六本木グランドタワー駅前広場へ移動し、アークヒルズ主催のロビーコンサートに出演。

透明なピアノが設置された開放的な空間で、福原彰美さんと共に演奏しました。

 

「親しみやすくキャッチーな曲も入れてほしい」という主催者のリクエストに応え、クラシックに加えてポピュラー曲も交えた構成にしました。

二人で何度も相談を重ねた末に挑戦したのが、クイーンの《ボヘミアン・ラプソディ》。

歌詞やその背景を辿るうちに、作品に込められた葛藤や祈りのような感情が胸に迫り、音楽の持つ普遍的な力を改めて感じました。

ジャンルを超えて、人の心の奥に触れる音楽の本質を体感できた、印象深い時間となりました。

 

コンサートの後は撮影も行われ、初めて経験することが多く、新鮮な時間となりました。

公開の際には改めてお知らせいたしますので、ぜひご覧いただけたら嬉しいです。

続くプライベートのサロンコンサートでは、小林侑奈さんと再び共演。

ピアノの音色と空間の響きが溶け合い、まるで音に包まれるような特別な空気が広がりました。

少人数での距離の近い演奏だからこそ、ひとつひとつの音が呼吸のように感じられ、静かな一体感に満たされました。

そして月の締めくくりは、山梨・笛吹みんなの広場での野外コンサート。

チェロの加藤文枝さん、ピアノの小林侑奈さんとトリオで、合計4ステージをお届けしました。

秋晴れの空の下、山梨の美食とのコラボレーションという特別な企画で、多くの方にお越しいただきました。

自然の風とともに音が広がり、音楽がまるで景色の一部になるような感覚に包まれました。

地元の方々の温かい拍手と笑顔に迎えられ、心から幸せを感じた一日でした。

どの公演も、音楽が人と人をつなぐ力を改めて感じる機会となりました。

さまざまな場所で出会う方々の想いに触れながら、音を通じて心が通い合う瞬間の尊さを、日々深く感じています。

 

11月は、福岡での2公演とマスタークラスからスタートします。

後輩であるチェリスト・山本直樹さんとのデュオで、モンゴルにゆかりのある二つの会場にて演奏予定です。

モンゴルの人々と同じく、旅をしながら生きたロマの民の音楽を中心に据え、自由と郷愁、祈りのような旋律をお届けします。

九州で初めてのマスタークラスでは、どんな生徒さんに出会えるのか今から楽しみにしています。

 

4日から11日にかけては、クルージングの旅へ。

パリ在住のピアニスト・鈴木隆太郎さんとのデュオで、船内にて5公演とトークショーを行います。

船上の特別な旅の途中で出会う景色や人々との一期一会の交流も、このクルーズならではの大きな楽しみのひとつです。

その瞬間ごとに感じたものを音に込めながら、心に残る時間をお届けできたらと思います。

また、宮城県や埼玉県でのアウトリーチの機会も控えており、

11月も新たな出会いと学びの多い月になりそうです。

それぞれの場所で、音を通じて心が通い合う瞬間を大切に紡いでいきたいと思います。

移ろいの歌旅、風の調べ 福岡公演

2025年11月2日(日)13:30開演(13:00開場)

モンゴル城(福岡市)地図

共演:山本直輝(チェロ)

詳細はこちら

お問い合わせ: 0925414190

移ろいの歌旅、風の調べ 長崎公演

2025年11月3日(月・祝)

13:30開演(13:00開場)

鷹島モンゴル公園 アートカフェ 地図

共演:山本直輝(チェロ)

詳細はこちら

お問い合わせ: 九州馬頭琴文化館 TEL092-541-4190

博多発着 隠岐・浜田クルーズ

2025年11月4日(火)~11月9日(日)

共演:鈴木隆太郎(ピアノ)

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詩と夢幻、そして革命

ラヴェル生誕150年 フォーレ生誕180年に寄せて

2025年12月12日(金)開場 13:30 / 開演 14:00

大阪市中央公会堂 中集会室(3F)地図

共演:小林侑奈(ピアノ)

ラヴェル:ソナタ第2番、ハバネラ

フォーレ:ソナタ第1番、シシリエンヌ、ロマンス 他

詳細はこちら

問い合わせ先

Klub Zukunft info@musik-chateau.com

田辺恒弥 作品展 ― ソロと室内楽の領域 ―

2025年12月24日(水)開場 18:30 / 開演 19:00

東京文化会館 小ホール(上野)地図 

共演:對馬佳祐(ヴァイオリン)木下雄介(ヴィオラ)松本卓以(チェロ)

バッハ(BWV768)による五つの変容、他

詳細はこちら

ニューイヤーコンサート2026 in こだいら

2026年1月17日(土)14:00開演(13:15開場)

ルネこだいら 大ホール 地図

共演:飯森範親指揮、パシフィックフィルハーモニア東京
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ラヴェル:ツィガーヌ、他

THE J.S.バッハ演奏会

2026年2月21日(土)13:00開場/14:00開演

サントリーホール 大ホール 地図

ブランデンブルク協奏曲

第3番ト長調 BWV1048

第5番ニ長調BWV1050、他

詳細はこちら

お問い合わせ

サントリーホールチケットセンター

0570-55-0017(10:00–18:00)

チケットぴあ(Pコード:309-854)

お問い合わせはこのメールにご返信ください。

レ・ゼール~翼

ヴァイオリニスト鈴木 舞とピアニスト福原彰美が満を持して録音!フランクとルクーの傑作ヴァイオリン・ソナタ2曲を、新結成デュオ「Les Ailes(レ・ゼール)」の記念として、長年磨き上げた渾身の演奏で届ける!

永遠の名曲、物語性あふれるフランス音楽のプログラム
ライブ感溢れる情感豊かな演奏をお届けします。
https://maiviolin.com/lesailes/

 

2020年から「鈴木舞 後援会」が発足し、会員の募集がスタートしました。

後援会主催コンサートへの無料ご招待や懇親会へのご案内、一部コンサートの優先案内・優先予約、オーディオ付きお誕生日メールなど盛りだくさんの特典をご用意して入会をお待ちしております。  
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鈴木舞 デビューアルバム
マイ・フェイバリット ”Mai favorite”
ピアノ:實川風、山田和樹

大好きなフランス音楽の中でもお気に入りの曲を集めました。タイスの瞑想曲 などの名曲から、愛と死、そして政治をもテーマに据えたプーランクのヴァイオリン・ソナタ。銘器、アマティの音色でお楽しみください。

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