ヴァイオリニスト 鈴木舞 ニュースレター Vol.92

音と旅するドイツ、後半記 -恩師との共演

ミュンヘン滞在の後半は、恩師トゥルバン先生と3公演行いました。

留学当時、コンクールを受け続けることで心が疲弊し、音楽が「競うためのもの」へとなってしまいかけていた私に、トゥルバン先生は「審査員のためではなく、お客様のために、自分が信じる音楽を奏でなさい」と声をかけてくださいました。私が幼いころ、演奏すると周りが笑顔になってくれるのが嬉しかったこと。パールマンのコンサートで心を揺さぶられ、私も心に響かせる演奏をしたいと思ったこと。音楽家になりたいと思った原点を思い出させてくれた恩師と音を重ねる時間は、心の深いところが静かに温められていくような、特別な体験でした。

 

プログラムは、ヴァイオリン2台の作品や、ピアノが加わったトリオに加えて、それぞれのソロなど盛りだくさん。

ピアノはサヴァリッシュ朋子さんで、朋子さんの音にはそのままお人柄が滲み出ていて、柔らかく包み込まれるような響きに、心が解かれていきました。

最初のリハーサルでは、同じ音楽に向かっている手応えがなかなかつかめませんでした。

録音を聴きかえし、先生のフレーズの呼吸、ニュアンス、音色、抑揚を何度も反芻し、自分の中にゆっくり落としていきました。

二回目のリハーサルではようやく音の輪郭が近づき、先生の確信を伴った歌に寄り添いながら、自分の中の表現の引き出しが一つずつ開いていくような感覚がありました。

先生の音楽は、ただ美しいだけではなく、フレーズごとにそこから現れる登場人物の性格や背景まで立ち上がってくるような奥行きを持っていて、その世界に触れながら自分の表現も自然と刺激を受けていきました。

最初のコンサートは、先生のご自宅でのホームコンサート。

ゲストの方々がワインを片手に、良い雰囲気になってきたところで演奏がスタート。

表情豊かな先生のファーストヴァイオリンの旋律が映えるモシュコフスキーのトリオの後に、自分のソロ曲であるラヴェルのツィガーヌを演奏する直前、突然に緊張が込み上げてきました。

先生の色彩豊かな演奏との落差にお客様をがっかりさせてしまわないだろうか、という心のざわつき。

精一杯の演奏をし終えると、多くのブラボーが飛び、会場全体が温かい空気に包まれているのを感じて胸がいっぱいになりました。

先生からも、「よくフォローしてアンサンブルしてくれて弾きやすかったよ」と声をかけていただき、初夜は安堵と喜びのうちに終わりました。

2公演目は、湖畔の街、ゼースハウプトのホールでのコンサート。

以前演奏したことのあるホールで、懐かしく感じながら会場入りしました。

しかしお互いの音が非常に聴き取りづらい音響で、演奏しながら、自分や相手の音がどのように響いているか想像しながら聴き、アンサンブルする、という高度な集中が必要。暗闇を手探りで歩くような張り詰めた本番でした。

神経がすり減るような時間でしたが、その中で舞台袖で聴いた先生のソロ、サン=サーンス作曲の序奏とロンドカプリチオーソは圧巻でした。

ひょうきんさや夢見るような色彩、登場人物の息づかいや人となりまで姿を現してくるような表現力。

クライマックスの超絶技巧の嵐のような難所でも、腕が滑らかに上下しているだけで音楽が立体的に躍り出し、舞台袖でしばらく動けなくなるほどの衝撃で、音楽の“物語性”とはこういうものなのかと改めて感じさせられました。

3公演目は、たくさんの絵画に囲まれた美術館のような邸宅でのコンサート。

2回の共演を重ねたことで、先生の呼吸や音の方向性が自分の中により馴染み、自分の音楽も一層伸び伸びと広がっていく感覚がありました。

先生の即興的な歌い回しに対しても、即座に反応できるようになり、音と音の間に軽やかな対話が生まれ、より発展する瞬間がいくつも訪れました。

終演後、先生は「今日が一番よかったね。本当に音楽で対話ができた」と満面の笑みで声をかけてくださり、その言葉を胸の奥でそっと噛みしめた夜でした。

リハーサルも含め、毎日が濃密で、終わってしまうのが惜しいほどの時間でした。

先生からは、練習方法から音楽への向かい方、人生のエピソードまで、あらゆることを聞かせてくださいました。幼少期はとてもシャイだったという意外な一面や、モナマネが驚くほど上手で周りに笑顔をもたらしてくれる先生から、その多彩な表現の源を垣間見たような気がしています。

そして、本番のリラックスしながらも音楽が一層豊かになるスイッチの切り替えを目の当たりにし、音楽家としての覚悟と集中力の凄まじさも感じました。

トゥルバン先生との初共演は、まるで夢のような時間でした。

音楽の深さ、自由であることの難しさ、表現することの楽しさ、そのすべてを改めて思い出させてくれた大切な経験で、一皮むけたような手応えもありました。先生のそばで音を重ねられる幸せを噛みしめながら、この経験を新しい歩みへつなげていきたいと思っています。

11月のコンサートを振り返ります。

まずは、九州での2つのデュオ公演から始まりました。

チェリストの山本直樹さんとは高校、大学の後輩で、学生時代には室内楽を一緒に取り組んでいましたが、実は卒業以来の再会。前日のリハーサルの待ち合わせで、もしお互いわからず会えなかったらどうしよう、という一抹の不安もあったのですが、実際に目にした瞬間すぐに分かり、昔の空気に自然と戻っていきました。

 

モンゴルの馬頭琴奏者・ドランさんとのコラボレーション公演で、一公演目は福岡の「モンゴル城」というレストラン。円形の会場に舞台があり、一体感のある温かい空間でした。
二公演目は長崎・鷹島に新しくオープンしたモンゴルカフェの“柿落とし”公演。豊かな自然に抱かれた美しい場所で、思わず息を呑むほど。馬頭琴の深い響きと共に、プログラムにはデュオでモンゴルの歌曲や、モンゴルの旅する民族のイメージを重ねてロマの曲も取り入れ、一つの場所に縛られない自由な魂に想いを馳せながら演奏しました。

公演後はそのまま福岡からクルージングの豪華客船に乗船し、ピアニストの鈴木隆太郎さんと5公演+トークショーに出演。

船内という閉じた空間で、同じお客様に異なるプログラムを重ねていくことで、回を追うごとに温かい言葉をいただき、音楽を通じて心が通い合う瞬間がいくつも生まれたようで、海の時間とともに育っていくような、特別な一週間でした。

下船した翌日からは南三陸へ向かい、小学校でのアウトリーチ。ピアノは伊賀あゆみさんで、今回が初めての共演でした。

南三陸を訪れたのは初めてで、震災を経験された先生から当時のお話を伺いながら、受け継がれていく命や前へ進む力に思いを馳せ、子どもたちと向き合う時間がいつにも増して特別なものとして感じられました。

 

その後はイタリア・クレモナから楽器職人のトラブッキさんを招いた新作楽器の弾き比べイベントへ。

様々な国や時代、作者の作品を弾き比べることは過去にあっても、一人の製作者によるヴァイオリンを弾き比べるのは初めての経験でした。会場に少し早く入り、弾き比べる三艇の楽器の音出しをしたところ、生まれたばかりの楽器とは思えないほど、それぞれがしっかりと個性を持ちながらも、どの楽器も心を開いてくれるようなオープンさがありました。

驚いたのは、この三挺が“同じ木”から“同じ時期”に作られているということ。

製作の段階では、どんな音色が生まれるかは誰にも分からないそうで、まさに生き物のよう。

また、製作者のトラブッキさんがとても温かくオープンな方で、楽器から受けた印象と本人のお人柄が不思議なほど重なり、製作者の性格が音に現れることがあるというお話にも深く頷きました。

楽器という存在の奥行きを改めて感じ、ヴァイオリンへの愛着がいっそう深まる時間となりました。

今後のコンサートは、12月12日に小林侑奈さんと共に、大阪・中之島公会堂の歴史ある美しいホールでリサイタル。

フォーレからラヴェルへと続く系譜に宿る詩情、そして“革命”を内包した作曲家たちの響きを辿るプログラムで、フランス音楽が持つ豊かな色彩をたっぷりとお届けいたします。

 

また、八ヶ岳で小学生に向けたインリーチも行います。

やまびこホールの美しい自然に抱かれた空間での三公演。ピアノの岡田奏さん、チェロの笹沼樹さんとのトリオで、初めての組み合わせということもあり、どんな化学反応が生まれるのか今からとても楽しみにしています。

 

21日には、則行みおさんと、イタリアンレストランでのアットホームなコンサートに出演します。

わんちゃんも同伴OKという温かい雰囲気の中、馬渡シェフが腕をふるうコース料理とともに、本格的なクラシックを気軽にお楽しみください。

 

そして24日クリスマスイブには、東京文化会館にて田辺恒弥先生の個展に出演し、弦楽四重奏の作品を演奏いたします。

現代音楽ならではの、いつもと異なる刺激や新しい出会いがあり、この日もまた自分の中で新しい扉が開くような時間になりそうです。

会場でみなさまとお会いできるのを楽しみにしています。

詩と夢幻、そして革命

ラヴェル生誕150年 フォーレ生誕180年に寄せて

2025年12月12日(金)開場 13:30 / 開演 14:00

大阪市中央公会堂 中集会室(3F)地図

共演:小林侑奈(ピアノ)

ラヴェル:ソナタ第2番、ハバネラ

フォーレ:ソナタ第1番、シシリエンヌ、ロマンス 他

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問い合わせ先

Klub Zukunft info@musik-chateau.com

The Classical Live Music Dinner

2025年12月21日(日)18:00~

ヴィネリア・ラチャウ(田町)地図

共演:則行みお(ピアノ)

ワンドリンク付きイタリアンコース

10,000円(税込)

小型犬同伴可 

ご予約 Tel:050-5486-8298

田辺恒弥 作品展 ― ソロと室内楽の領域 ―

2025年12月24日(水)開場 18:30 / 開演 19:00

東京文化会館 小ホール(上野)地図 

共演:對馬佳祐(ヴァイオリン)木下雄介(ヴィオラ)松本卓以(チェロ)

バッハ(BWV768)による五つの変容、他

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ニューイヤーコンサート2026 in こだいら

2026年1月17日(土)14:00開演(13:15開場)

ルネこだいら 大ホール 地図

共演:飯森範親指揮、パシフィックフィルハーモニア東京
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ラヴェル:ツィガーヌ、他

THE J.S.バッハ演奏会

2026年2月21日(土)13:00開場/14:00開演

サントリーホール 大ホール 地図

ブランデンブルク協奏曲

第3番ト長調 BWV1048

第5番ニ長調BWV1050、他

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お問い合わせ

サントリーホールチケットセンター

0570-55-0017(10:00–18:00)

チケットぴあ(Pコード:309-854)

北欧の巨匠たち Vol.3

2026年3月13日(金)開場 18:30 / 開演 19:00

渋谷美竹サロン 地図

共演:尾崎 未空(ピアノ)

グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 イ短調 Op.45

シベリウス:5つの小品 Op.81、他

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お問い合わせ:03-6452-6711(平日10:00~18:00)

お問い合わせはこのメールにご返信ください。

レ・ゼール~翼

ヴァイオリニスト鈴木 舞とピアニスト福原彰美が満を持して録音!フランクとルクーの傑作ヴァイオリン・ソナタ2曲を、新結成デュオ「Les Ailes(レ・ゼール)」の記念として、長年磨き上げた渾身の演奏で届ける!

永遠の名曲、物語性あふれるフランス音楽のプログラム
ライブ感溢れる情感豊かな演奏をお届けします。
https://maiviolin.com/lesailes/

 

2020年から「鈴木舞 後援会」が発足し、会員の募集がスタートしました。

後援会主催コンサートへの無料ご招待や懇親会へのご案内、一部コンサートの優先案内・優先予約、オーディオ付きお誕生日メールなど盛りだくさんの特典をご用意して入会をお待ちしております。  
詳細はこちらからご覧ください。

https://maiviolin.com/fanclub/

鈴木舞 デビューアルバム
マイ・フェイバリット ”Mai favorite”
ピアノ:實川風、山田和樹

大好きなフランス音楽の中でもお気に入りの曲を集めました。タイスの瞑想曲 などの名曲から、愛と死、そして政治をもテーマに据えたプーランクのヴァイオリン・ソナタ。銘器、アマティの音色でお楽しみください。

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