ヴァイオリニスト 鈴木舞 ニュースレター Vol.90

【長崎で見つめた過去と未来

この夏を振り返ると、心に深く刻まれた時間があります。本来なら今回のニュースレターではヨーロッパでの演奏活動について続きをお伝えするつもりでした。でもその前に書き残しておきたい体験があります。それは、長崎で過ごしたひとときでした。

長崎には、10日間にわたるクルージングでの船上演奏の仕事で寄港しました。港から少し歩くと、坂の多い街並みが広がっていました。異国の趣と日本の風土が重なり合うその景色に触れるうち、この土地が歩んできた特別な歴史へと自然に思いが向かいました。

足を運んだ大浦天主堂。19世紀に建てられた日本で最古の教会のひとつで、「日本二十六聖人の殉教」を記念して建てられたものです。外のざわめきから切り離されたその空間は、静けさに包まれていました。

展示室には、禁じられた信仰を守ろうとして命を落とした人々の姿が記録されていました。その歩みを辿りながら、私は「人が信念のために命を懸ける」という行為の重さに思いを巡らせました。その姿に深い敬意を抱きながら、同時に「命は本来守られるためにあるのではないか」という問いが心に残りました。

案内をしてくださった方が語ってくれたことも忘れられません。その方自身もクリスチャンでしたが、「長崎では最近まで、自分がキリスト教徒だと言いにくい空気があったのです」と打ち明けてくださいました。そして、2018年に大浦天主堂が世界遺産に登録されてから、ようやく少しずつ『私はクリスチャンです』と人に言えるようになったのだと。その言葉に、私は強い衝撃を受けました。信仰の自由が当たり前と思える時代にあってもなお、長崎ではその歴史が人々の心に影を落とし続けてきたことを知りました。

 

クラシック音楽の多くは教会と結びつきながら育まれてきました。私自身も小中学校はカトリック系で、キリスト教は常に身近な存在でした。だからこそ、案内人の方の言葉は大きな衝撃となり、長崎に刻まれた歴史の重さが改めて胸に刺さりました。

長崎が舞台のプッチーニのオペラ「蝶々夫人」の像

長崎という街は、さらに別の記憶を抱えています。原子爆弾が投下され、一瞬にして数えきれない命が奪われたこと。その事実の前に立つと、何度学んできてもなお、胸に重く迫ってきます。

夏の強い日差しの中で行き交う人々や港の景色を眺めながら、展示や案内人の方の言葉から生まれた問いを、何度も反芻していました。

 

そして、浮かんだのはただ一つの想いでした。

人は誰であっても尊重されるべき存在であるということ。信仰を持つ人も、持たない人も、それぞれが平和を願い、その思いを分かち合える世の中であってほしい。その願いは、時間や国境を越えて共通のものであるはずです。

けれども現実には、戦争はまだ終わっていません。世界のあちこちで、人々がいまも命を落としています。

大浦天主堂の一角には、訪れた人が祈りや願いを書き留めて箱に入れる場所がありました。私はそこに、「平和」とだけ記しました。

 

音楽家として私にできることは多くはありません。それでも音楽には、人々の心を結びつけ、言葉を超えて共感を生み出す力があると信じています。舞台に立ち音を奏でるとき、その響きが誰かの心に静かに届き、互いを思いやる気持ちの種となれば…。

これからも音に思いを託しながら歩み続けていきます。

8月から9月にかけても、さまざまな舞台に立ち、音楽を通じて数多くの出会いと発見を重ねることができました。

 

パシフィックフィルハーモニア東京との共演では、飯森範親氏の指揮のもと、サラサーテ《カルメン幻想曲》とラヴェル《ツィガーヌ》を演奏いたしました。《ツィガーヌ》は幼い頃からその色彩が次々と変化していく万華鏡をのようなオーケストレーションに魅了され、オーケストラとともに奏でることを夢見てきた作品です。その願いが実現し、忘れ難い本番となりました。

恒例となった、則行みおさんとの “ワンちゃんと楽しむコンサート”では、南米やスペインの情熱的なプログラムを通じて、夏らしいエネルギーが会場いっぱいに広がりました。舞台の空気は和やかで、観客の笑顔や愛犬たちの無邪気な仕草が音楽と溶け合い、演奏後にはワンちゃんを交えた撮影会も。音楽の新しい在り方について思いを巡らせました。

大阪・関西万博のフェスティバルステーションにて、絵本未来創造機構さまとご一緒したコラボレーションでは、読み聞かせと演奏を交互に織り交ぜながら名曲を奏でました。言葉と音が呼応することで物語に新たな奥行きが生まれ、多くの方々が足を止めて耳を傾けてくださり、朗読と音楽の相乗効果を実感できる手応えのある公演となりました。

8月末から9月にかけては10日間のクルージングに乗船し、船内で3回のコンサートと1回のトークショーを行いました。

それぞれの寄港地では博物館や歴史的スポットを巡り、その土地の歴史や文化に触れ、船に戻ると共演者の福原彰美さんと感じたことを語り合う、その繰り返しが大きな刺激をもたらしてくれました。

船内での公演は、同じ旅を共にするお客様に繰り返し音楽をお届けします。毎回の演奏に足を運んでくださる方や、船内で笑顔で声をかけてくださる方が多く、その言葉ひとつひとつが次のステージへの大きな励みとなりました。

そして、舞台裏で支えてくださったクルーやスタッフの細やかな心配りがあったからこそ、特殊な環境でも安心して音楽に集中でき、お客様とより豊かな時間を共有することができたと感じています。

次回は11月に再び乗船を予定しています

下船後まもなく、横浜アリーナにおいて、これまでで最大規模の会場に立ちました。チェリスト笹沼樹さんとともにソロやデュオを奏で、リハーサルでは広大な空間に音を行き渡らせるために工夫された音響と大きなスクリーンに圧倒されました。また、この日はバッハの《シャコンヌ》をリクエストされ、一年ぶりに猛練習を重ねて舞台に臨みました。このような大きな会場での演奏は新たな挑戦であり、忘れがたい経験となりました。

翌週は山梨にて、小林侑奈さん、内田麒麟さんとトリオの公演でした。初挑戦のラヴェルの《ピアノ三重奏曲》は、難曲の中に光がきらめく美しい瞬間が散りばめられており、三人で世界を築いていく過程に、室内楽の醍醐味を改めて感じました。

9月19日から21日にかけては異なるプログラムでの三連続の公演が続きました。

初日は渋谷美竹サロンにてギタリストの大萩康司さんとの初共演でした。初めてとは思えないほど自然に音楽の会話が噛み合い、ひとつのフレーズを交わすごとに新しい発想が引き出されるような刺激的な時間でした。

ギターという繊細で情熱的な楽器から刺激を受けて、また、作品の民族的な要素がより濃く浮かび上がり、新たな表現の可能性を探究しながらの本番。再演の機会を願わずにはいられない共演でした。

翌日は軽井沢の安東美術館で「藤田嗣治のパリ」と題し、芸術が交差し豊かに花開いた時代の音楽をお届けしました。歴史のある、きらびやかな装飾が施された特別なピアノは、フランス音楽に寄り添う柔らかくキラキラした音色で、ピアニストの小林侑奈さんが作品の陰影や微妙なニュアンスを自然に引き出してくれました。音楽と美術が互いに呼応し、当時のパリの息遣いを感じるような時間となりました。

21日には埼玉のギャラリーカフェ・ラルゴにて、記念年を迎えたフォーレとラヴェルの作品を取り上げました。師弟でありながら全く異なる音楽世界を築いた二人の作品を並べることで、フォーレがラヴェルの個性を尊重しつつ導いた関係性を、演奏を通じて強く感じることができました。音楽の継承がいかにして新たな美を生み出していくのか、その一端に触れる公演となりました。

9月最後の演奏はレストランでのカルヴァドスとフランス料理の饗宴で、芳醇な香りと味わいに音楽が寄り添うことで、五感すべてが満たされる時間となりました。親密な空間でお食事の余韻に浸りながら奏でる音楽は、普段のコンサートホールでの演奏とは異なる、リラックスした空気に包まれました

ここからは10月の演奏予定をご案内です。

 

まず5日には、後援会主催のコンサートに出演します。ありがたいことに既に満席をいただいておりますが、ピアノの小林侑奈さん、チェロのグレイ理沙さんとともに、三重奏の魅力を存分にお届けする予定です。

 

9日には18:30より六本木グランドタワーのIZUMI Gardenにてロビーコンサート。お仕事やお買い物のあとにふらりと立ち寄っていただける公演で、開放的な空間に響く音楽を身近にお楽しみいただければ幸いです。

 

そして18日には山梨へと伺います。ピアノの小林侑奈さん、チェロの加藤文枝さんとのトリオで、秋の空気とともに、山梨ならではのワインやグルメと一緒に味わっていただけるコンサートです。自然と食、そして音楽が響き合う豊かなひとときをお届けできればと思います。

 

会場でみなさまにお会いでいるのを楽しみにしております。

後援会主催 鈴木舞 コンサート
2025年10月5日(日)
開演14:30
共演:小林侑奈(ピアノ)、グレイ理沙(チェロ)
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満席となっております

秋風のソナタと弦の雫

〜耳で味わうワインと食、舌で聴くメロディ〜

2025年10月18日(土)(小雨決行・荒天中止)

①11:00〜11:25 ②12:00〜12:25

③13:00〜13:25 ④14:00〜14:25

笛吹みんなの広場(山梨県笛吹市)地図

共演:小林侑奈(ピアノ)加藤文枝(チェロ)

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お問い合わせ

ふえふき芸術文化のまちづくり実行委員会

080-3091-7184 ongaku@usewama.com

移ろいの歌旅、風の調べ 福岡公演

2025年11月2日(日)13:30開演(13:00開場)

モンゴル城(福岡市)地図

共演:山本直輝(チェロ)

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お問い合わせ: 0925414190

移ろいの歌旅、風の調べ 長崎公演

2025年11月3日(月・祝)

13:30開演(13:00開場)

鷹島モンゴル公園 アートカフェ 地図

共演:山本直輝(チェロ)

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お問い合わせ: 九州馬頭琴文化館 TEL092-541-4190

博多発着 隠岐・浜田クルーズ

2025年11月4日(火)~11月9日(日)

共演:鈴木隆太郎(ピアノ)

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詩と夢幻、そして革命

ラヴェル生誕150年 フォーレ生誕180年に寄せて

2025年12月12日(金)開場 13:30 / 開演 14:00

大阪市中央公会堂 中集会室(3F)地図

共演:小林侑奈(ピアノ)

ラヴェル:ソナタ第2番、ハバネラ

フォーレ:ソナタ第1番、シシリエンヌ、ロマンス 他

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問い合わせ先

Klub Zukunft info@musik-chateau.com

田辺恒弥 作品展 ― ソロと室内楽の領域 ―

2025年12月24日(水)開場 18:30 / 開演 19:00

東京文化会館 小ホール(上野)地図 

共演:對馬佳祐(ヴァイオリン)木下雄介(ヴィオラ)松本卓以(チェロ)

バッハ(BWV768)による五つの変容、他

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お問い合わせはこのメールにご返信ください。

レ・ゼール~翼

ヴァイオリニスト鈴木 舞とピアニスト福原彰美が満を持して録音!フランクとルクーの傑作ヴァイオリン・ソナタ2曲を、新結成デュオ「Les Ailes(レ・ゼール)」の記念として、長年磨き上げた渾身の演奏で届ける!

永遠の名曲、物語性あふれるフランス音楽のプログラム
ライブ感溢れる情感豊かな演奏をお届けします。
https://maiviolin.com/lesailes/

 

2020年から「鈴木舞 後援会」が発足し、会員の募集がスタートしました。

後援会主催コンサートへの無料ご招待や懇親会へのご案内、一部コンサートの優先案内・優先予約、オーディオ付きお誕生日メールなど盛りだくさんの特典をご用意して入会をお待ちしております。  
詳細はこちらからご覧ください。

https://maiviolin.com/fanclub/

鈴木舞 デビューアルバム
マイ・フェイバリット ”Mai favorite”
ピアノ:實川風、山田和樹

大好きなフランス音楽の中でもお気に入りの曲を集めました。タイスの瞑想曲 などの名曲から、愛と死、そして政治をもテーマに据えたプーランクのヴァイオリン・ソナタ。銘器、アマティの音色でお楽しみください。

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