ヴァイオリニスト 鈴木舞 ニュースレター Vol.93

音と旅する中央アジア、前半記 -キルギス

明けましておめでとうございます。

新しい年の始まりにあたり、まずは昨年お世話になりましたことへの感謝をお伝えしたく、ご挨拶申し上げます。

 

昨年も各地で演奏の機会をいただき、音楽を通して多くの方と時間を共有することができました。

会場に足を運んでくださる皆さま、あたたかな応援の言葉を寄せてくださる皆さま、そして公演を支え、形にしてくださる多くの方々のお力添えがあってこそ、音楽が届けられているのだと、あらためて感じています。心より感謝申し上げます。

新年を迎えた今、私は雪の降る欧州に滞在しています。

今年最初のコンサートは、ドイツでの三公演からのスタートとなりました。冬の澄んだ空気の中で音楽と向き合う時間は、年の初めにふさわしく、自然と気持ちを静かに整えてくれるように感じています。

 

日々の忙しさの中で、音楽がふと立ち止まるきっかけとなったり、心を整えるひとときとなっていたなら、演奏家としてこれ以上嬉しいことはありません。

私自身も、皆さまとの出会いや、会場で交わすささやかなやり取りに支えられながら、次の舞台へと向かっています。

 

本年も、音を通して想いを託しながら、皆さまとご一緒できる時間を一つひとつ大切にしていけたらと思っております。

新しい一年が、皆さまにとって健やかで、心穏やかに過ごせる、実り多い年となりますように。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今回のニュースレターでは、前回に引き続き海外ツアーの様子を綴っていきたいと思います。

ヨーロッパでの公演を終えるとすぐにその足で向かったのが中央アジア。
ピアニストの鈴木隆太郎さんとのデュオで、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタンの三か国を巡りました。

中央アジアのツアーは、移動日と本番の日を交互に繰り返すハードスケジュール。長距離移動の翌日に演奏、そしてまた次の国へ…という旅程でしたが、その分、一日一日が非常に濃く、記憶に深く刻まれる時間でもありました。
以前から一度は訪れてみたいと思っていた地域で、文化や歴史、そして人々と直接触れ合いながら演奏できたことは、ハードな日々を上回る大きな充実感をもたらしてくれました。

最初に降り立ったのは、キルギスの首都、ビシュケク。
旧ソ連時代の面影を色濃く残す、無機質で計画的な建物が並ぶ街並みは、最初は少し硬質な印象を受けます。しかし実際に歩いてみると、街路樹や公園が多く、どこか穏やかでのどかな空気が流れていました。
旧ソ連時代、ビシュケクは「緑の街フルンゼ」と呼ばれていたそうで、その名残は今も街の随所に感じられます。

公演当日の朝、限られた時間ではありましたが街を散策し、キルギス国立歴史博物館 を訪れました。
ユーラシア大陸の中央に位置するこの地は、古くから東西を結ぶ交易路として栄え、さまざまな民族が行き交ってきた場所。展示を通して語られる歴史は、日本やヨーロッパとは異なる視点から世界を捉え直すきっかけを与えてくれました。

この博物館で強く印象に残ったのが、羊毛から作られるフェルトの文化です。
一見すると素朴な工芸品に見えますが、その製法を知り、伝統の奥深さにあらためて心を打たれました。

羊毛フェルトは、何度もお湯をかけ、手で伸ばし、乾かし、また水分を含ませては圧をかける・・・その工程を、気の遠くなるような回数、繰り返して完成するのだそうです。
一度で形になるものではなく、素材の状態を確かめながら、時間をかけて少しずつ仕上げていく。効率やスピードとは明らかに対極にある手仕事です。

その話を聞きながら、音楽や演奏の在り方と、自然と重なりました。

日々の練習やリハーサルも、目に見える成果がすぐに現れるものではありません。同じフレーズを何度も繰り返し、少しずつ身体に馴染ませ、音の質感を整えていく。その積み重ねによって、ようやく本番で一つの表現として立ち上がります。

 

フェルトも音楽も、完成形だけを見ればシンプルに見えるかもしれません。しかし、その背後には、時間と手間、そして身体を通した感覚の蓄積があります。

効率では測れない時間をかけること、遠回りに見える工程を省かないこと。そうした姿勢そのものが、文化であり、表現の深さを支えているのだと感じました。

公演会場は キルギス国立オペラ・バレエ劇場。
旧ソ連時代に建てられた淡いピンク色の外壁が印象的なオペラ座で、周囲の落ち着いた街並みの中でもひときわ存在感を放っていました。芸術を重視してきた時代の価値観が、都市の中心に今も息づいているように感じられます。

ホールは天井が高く、クラシカルな佇まい。自然と背筋が伸びるような心地よい緊張感の中で本番に臨みました。ありがたいことに客席は満席で、公演後には多くのお客様が熱心に声をかけてくださいました。
キルギスは、日本ではまだ馴染みの薄い国かもしれません。それでも、音楽を通して心が通い合う瞬間が確かにあり、距離や言葉を越えてつながる力を、あらためて実感しました。

キルギスでは、これまで触れたことのない食文化にも出会いました。

まずは、到着したホテルでの朝食。

 

ピアニストの鈴木隆太郎さんに「食べてみて」と勧められた、白くて丸い、ころんとした食べ物。

口に入れた瞬間、これまで味わったことのない強い風味に、思わず驚いてしまいました。

 

噛むとポロポロと崩れる硬い食感。

そして一気に広がる、独特で強烈な香りと、酸味、塩味。

 

隆太郎さんは、初めて見たときホワイトチョコレートだと思い、豪快に口に入れて仰天したそうですが、その正体は「クルト(Kurut)」と呼ばれる保存食でした。

主に牛や羊、地域によっては馬やラクダの乳を発酵させ、乾燥させて作られるもので、可愛らしい見た目とは裏腹に、石のように硬く、しっかりとした噛みごたえがあります。

 

少量でも栄養価が高く、長期保存が可能なことから、遊牧民の暮らしを支えてきた滋養食として、古くから親しまれてきた食べ物だそうです。

クルトについて、心に残るエピソードを教えてもらいました。

第二次世界大戦後、旧ソ連では多くの日本人が抑留されていました。

中央アジアの抑留地では、地元の人々がクルトを、あたかも石を投げているかのように見せかけて、日本人抑留者のもとへ投げ入れてくれていた、という話が伝えられています。

監視の目をかいくぐるための行為でしたが、そのおかげで、抑留されていた日本人はクルトから貴重な栄養を補給することができ、命を繋いだそうです。

 

遠い異国の地で、石のように硬く、素朴なその食べ物が、日本人の命を支えていた。

クルトを口にしながら、この土地の人の優しさを思わずにはいられませんでした。

滞在中、案内していただいたレストランでも、印象的な料理をいくつもいただきました。

伝統的な揚げパン、「ボルソック」。

ふんわりと揚がった生地をサワークリームにつけて食べるのですが、カロリーが高いことは分かっていても、軽い口当たりで、つい手が伸びてしまう、スナックのように止まらない美味しさでした。

 

また、馬の乳を発酵させたものを使ったスープやお茶もいただきました。

最初は独特の香りと酸味に驚かされましたが、少しずつ味わううちに、その奥にある滋味が感じられ、不思議と癖になっていきます。

 

さらに、ヤクの肉を使った煮込みと麺料理も印象的でした。

しっかりと出汁が出ていて、見た目以上に優しい味わい。寒さの厳しい土地で、身体を内側から温めてくれる料理なのだろうと感じました。

全体的に肉が主役のお料理が多く、洗練というよりは、風土や歴史、暮らしの知恵がそのまま形になったような料理です。

本番前には必ず肉を食べるようにしている肉好きの私にとって、食事の時間も嬉しいひとときでした。

 

食事の席で教えていただいた「肉を好む人々が西へ向かいキルギス人になり、魚を好む人々が東へ向かい日本人になった。だから私たちは兄弟だ」という言い伝え。

その言葉を聞きながら料理を味わっていると、この土地の人々との距離が、ふっと縮まったように感じられました。

限られた時間の中で出会った、街の風景、歴史、手仕事、そして音楽。

中央アジアツアーの最初の国・キルギスでの時間は、言葉にしきれない余韻を残しながら、この旅のはじまりとして心に刻まれました。

次回は、カザフスタンでの滞在について綴っていきたいと思います。

ここからは先月のコンサートを振り返ります。

12月最初のコンサートは、山形にてプライベート公演の機会をいただきました。
クラシック音楽にあまり馴染みのない方が多いと伺っていましたが、皆さんがとても真剣に耳を傾けてくださり、その姿勢が強く印象に残っています。

また偶然にも、今月共演を予定している指揮者の飯森範親さんが、同じタイミングで山形公演をされており、宿泊先のホテルも同じでした。
それぞれのコンサートメンバーが交わる形で、思いがけず一緒に朝食を囲む時間が生まれたことも、忘れがたい出来事です。

山形は、何年も前に初めて訪れた際、澄んだ空気の美味しさ、甘みを感じる水、食事の豊かさ、そして人々の温かさに心を打たれた、大好きな場所です。
こうして再び訪れることができたことを、心から嬉しく思いました。

 

翌日は都内の出版記念パーティーで演奏。主役の方のお人柄がそのまま表れているような、温かく和やかな空間の中で音楽を届けることができ、嬉しいひとときとなりました。

大阪では、ピアニストの小林侑奈さんとともに、アニバーサリーイヤーを迎えたフォーレとラヴェルに焦点を当てたリサイタルでした。

いずれも大切にしてきた作品ですが、久しぶりに演奏した、イザイによる《サン=サーンスのワルツ形式の練習曲によるカプリス》は、特に思い入れの深い一曲です。薔薇の花がゆっくりと開き、香り立つような優雅さの奥に、非常に高度な技巧を秘めた作品で、その両立に改めて向き合う時間となりました。

当日は、以前の公演でご縁をいただいた方が再び足を運んでくださったり、東京から駆けつけてくださった方もいて、歴史ある中之島公会堂がいっぱいに。

また、曲間のトークでは会場の皆さんがとてもよく反応してくださり、笑い声が自然に広がっていくのを感じました。

普段からお話上手な方が多い大阪の皆さんに「トークが上手だった」と声をかけていただけたことは、実はとても嬉しく、心に残っています。

お客様がそれぞれの言葉で感想を伝えてくださり、そのやり取りも含めて、温かな余韻の残る一夜となりました。

主催者の方々との打ち上げでも、芸術に深い愛情を持つ皆さんとの会話が刺激的で、学びの多い時間となりました。

山梨県・八ヶ岳やまびこホールでは、県内の子どもたちへ向けて「インリーチ」公演に出演しました。

インリーチとは、子どもたちにコンサートホールへ足を運んでもらい、音楽を体験してもらう取り組みです。

ピアノは岡田奏さん、チェロは笹沼樹さん。このメンバーでのトリオは初めてでしたが、息の合った、密度の高い本番となりました。

演奏家が子供達の学校に足を運び、音楽室などで演奏を届けるアウトリーチとは異なり、今回のインリーチは広い会場でステージから距離のある子どもたちもいましたが、皆が驚くほど集中して聴いてくれました。

澄んだ空気の中に浮かぶ富士山の姿が、まるで背中を押してくれているようで心強かったです。

関係者の方々の「子どもたちに良い体験を届けたい」という熱意にも胸を打たれ、私自身、自然と背筋が伸びる思いでした。

田町のレストランヴェネリア・ラ・チャウでは、ピアニストの則行みおさんとともに、わんちゃんと一緒に楽しめるクリスマスディナーコンサートを開催しました。

今回は猫ちゃんも初参加。拍手が起こるたびにワンちゃんたちの歓声も加わり、会場は一層賑やかで温かな空気に包まれました。

クリスマスイブには、作曲家・田辺恒弥先生の個展にて、弦楽四重奏での演奏機会をいただきました。

バッハの音楽が、まるで花瓶が突然割れて壊れ、そして再び再構築されていくような世界観を描いた作品。

「演奏家の思うままに、自由に演奏してほしい」と言っていただいていましたが、自由という言葉ほど難しいものはありません。

 

對馬佳祐さん、木下雄介さん、松本卓似さんという素晴らしい共演者とともに、リハーサルを重ねながら試行錯誤を続け、公演前日に初めて田辺先生ご本人にお聴きいただきました。

その際、涙を流して感動してくださったことは、忘れられない瞬間です。

クラシック音楽では、作曲家に直接会い、言葉を交わす機会は多くありません。その貴重さを改めて実感し、こちらも胸がいっぱいになりました。

本番では、さらに一歩踏み込んだ演奏ができたのではないかと感じています。

ここからは今後のコンサートです。

年明けにはミュンヘンにて、ヴィヴァルディ《四季》全曲のコンチェルトを演奏します。三公演のツアーとなり、最終公演は歴史あるヘラクレスザールの大ホール。

このような場所で演奏できることを光栄に思うと同時に、大きな高揚感を覚えています。

 

日本での最初のコンサートは、1月17日 ルネこだいらにて、飯森範親先生指揮、パシフィックフィルハーモニア東京と共演し、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とラヴェル《ツィガーヌ》を演奏します。

どちらも心から愛している作品で、演奏を重ねるたびに、その魅力があらためて身に染みています。ぜひ多くの方にお運びいただけましたら嬉しいです。

 

2月には、サントリーホール大ホールでの公演も控えています。

 

会場でお目にかかれるのを、楽しみにしています。

ニューイヤーコンサート2026 in こだいら

2026年1月17日(土)14:00開演(13:15開場)

ルネこだいら 大ホール 地図

共演:飯森範親指揮、パシフィックフィルハーモニア東京
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ラヴェル:ツィガーヌ、他

THE J.S.バッハ演奏会

2026年2月21日(土)13:00開場/14:00開演

サントリーホール 大ホール 地図

ブランデンブルク協奏曲

第3番ト長調 BWV1048

第5番ニ長調BWV1050、他

詳細はこちら

お問い合わせ

サントリーホールチケットセンター

0570-55-0017(10:00–18:00)

チケットぴあ(Pコード:309-854)

北欧の巨匠たち Vol.3

2026年3月13日(金)開場 18:30 / 開演 19:00

渋谷美竹サロン 地図

共演:尾崎 未空(ピアノ)

グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ 第3番 イ短調 Op.45

シベリウス:5つの小品 Op.81、他

詳細はこちら

お問い合わせ:03-6452-6711(平日10:00~18:00)

お問い合わせはこのメールにご返信ください。

レ・ゼール~翼

ヴァイオリニスト鈴木 舞とピアニスト福原彰美が満を持して録音!フランクとルクーの傑作ヴァイオリン・ソナタ2曲を、新結成デュオ「Les Ailes(レ・ゼール)」の記念として、長年磨き上げた渾身の演奏で届ける!

永遠の名曲、物語性あふれるフランス音楽のプログラム
ライブ感溢れる情感豊かな演奏をお届けします。
https://maiviolin.com/lesailes/

 

2020年から「鈴木舞 後援会」が発足し、会員の募集がスタートしました。

後援会主催コンサートへの無料ご招待や懇親会へのご案内、一部コンサートの優先案内・優先予約、オーディオ付きお誕生日メールなど盛りだくさんの特典をご用意して入会をお待ちしております。  
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鈴木舞 デビューアルバム
マイ・フェイバリット ”Mai favorite”
ピアノ:實川風、山田和樹

大好きなフランス音楽の中でもお気に入りの曲を集めました。タイスの瞑想曲 などの名曲から、愛と死、そして政治をもテーマに据えたプーランクのヴァイオリン・ソナタ。銘器、アマティの音色でお楽しみください。

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