国府高校の生徒たちは
昨日でだいたいの強化練習を終えて
これから27日の熊本県高校駅伝に向けて
調整していく流れになります。
主要区間の1区・3区・4区の生徒は
ほとんど順調に練習できてきたなーと。
昨日もなかなかハードワークだったんですけど
後半、しんどそうにしながらも
必死に耐えてましたね。
本当に、ここにきて彼らの走りが
だいぶ粘り強くなってきたなーって感じてます。
それもこれも、やっぱ、ハードワークをこなしてきたから。
これまでの彼らは
息が上がってきて、脚が疲れてきたら
そこでレースを投げ出すことがほとんどだったんですけど
ここ3週間くらいは、あえて普段のトレーニングで
体が疲れて動きが鈍い状態での練習を積んできました。
結局、辛い局面を打開するのって
辛くない局面でいくら策を講じても、ダメなんですよね。
実際に、辛い局面に立って
そこで、どうするか?
昔、ダウンタウンの松っちゃんが面白いこと言ってたのを
今でも覚えてるんですけど・・・
「飲酒運転の常習者が、いくら素面の時に
『もう二度と飲酒運転なんてしません』なんて誓ったところで
全く信用できない。
グデグデに酔っ払って、また飲酒運転したくなっちゃう局面で
『もう二度と飲酒運転なんてしまてん』って誓うことではじめて
信用できる」
なるほどーって思ったんですよねー。
高校生たちも、走ってない時、つまり
苦しい局面にない時は
「次こそやります!絶対やります!」っていうんだけど
いざ苦しい局面に立たされると
へなへなーって、いつも通りヘタレていく。
だからこそ、ヘタレたくなる状況で
いかに自分自身にムチを打てるか。
このコツを一度掴んで成功体験できたら
次からはひと回り大きくなれるんじゃないかなーって思うんです。
だからこそね、僕らが楽しんでる
長距離ランニングっていうアクティビティに関しては
基本的には普段からの活動量は無視できません。
しかも、「目標」ってのを設定した時点で
一気に「窮屈」度が急上昇します。
僕らがやってる長距離ランニングってすごく面白くて
圧倒的にメンタルが強くて、精神が肉体を凌駕するような人であれば
普段の練習量は必要ないかもしれませんけど
僕も含めて、大抵のランナーは、そんな精神を持ち合わせてません。
もちろん、走りをいかに効率化させるかってことも必要なんですけど
やっぱり、走る量(行動量)ってのは無視できません。
僕はいつも思うんですけど
走る量(行動量)が少なくても
走りの効率がよくなればどうにかなる!っていうのは
違うんじゃないかなーと。
僕たち日本人(他の先進諸国の人たちも)は
圧倒的に普段の行動量が少ないんじゃないかって思うんですよ。
それなのに、フルマラソンだったり
ロングレースに出るっていうのは、やっぱりね
準備不足だと思うんですよ。
準備はね、やっぱしなきゃいけない。
で、練習の量と質が上がった時に、大事になってくるのが
「走り方の質」ですよね?
そこで走り方が雑だったら
練習を続けらんなくなっちゃうし。
走り方の質が磨けてれば、体へのダメージが少ないはずだから
ハードワークを継続できるはず。
ここがミソだと思うんですよね。
みんなそれぞれに目標があります。
国府高校の生徒たちにも
「県駅伝で3位以内」っていう目標を掲げてきました。
もちろん、その目標が「5位以内」とかだったら
ハードワークなんかする必要ないんですよね。
毎日、ゆるーくジョギングして
ご飯が美味しく食べれるような運動くらいでいいのかもしれない。
だけど、目標を掲げてしまったばかりに
「窮屈」と付き合わなきゃいけなくなった。
これは、あなたも僕も同じです。
その目標を達成するには
それなりの「窮屈」は伴います。
それが嫌であれば、それなりの目標設定にすることです。
窮屈な思いをしなくてもいいような目標ですね。
でも、誤解しないでくださいね。
それはそれで、長距離ランニングっていうアクティビティの
楽しみ方の一つです。
レースに出る必要すらないんですからね、本来は。
ただ単純に、ランニングを楽しむ。これももちろん大きな目標設定です。
ただ・・・それだと気が済まない方も多いわけで・・・w
(僕を含むw)
であれば、やっぱね、「窮屈」との縁は
切っても切れないわけです。