先週末、
福島での自己基盤合宿に
参加してきました。
今回のテーマは「感覚を研ぎ澄ます」。
思考が先に立つ私にとって、
感覚に意識を向けることは
少し落ち着かない時間でも
あります。
けれど、だからこそ
自分に必要なテーマだと
感じていました。
初日はバスツアーでした。
隣の席の人をパートナーとして、
今回の合宿に参加した目的や、
手に入れたいことを
じっくり話す時間が
ありました。
ただ、自分の場合、
どうしても相手の話から何かを
「感じ取る」というより、
「考えて理解しよう」と
してしまうところが
頭の中で整理したり
分析したりするほうが自然で、
感覚をそのまま受け取るのは
まだまだ難しいなと
感じました。
二日目は、
さらに感覚を研ぎ澄ますための
ワークを行いました。
中でも特に印象的だったのが、
「思考ではなく
感覚で相手の印象を伝える」
というワークです。
詳細は省きますが、
そのワークの中で
私に返ってきた言葉、
つまり私に対する印象は
「教頭先生のよう」
というものでした。
思わず苦笑してしまいました。
実はこれまでも、
こちらから
要求したわけでもないのに
「先生」と呼ばれることが多く、
言われてみれば確かに
そう見えるのかもしれません。
悪い気はしないのですが、
そう呼ばれるたびに
どこかで少し引っかかる感じも
あるのです。
たぶん私の中で、
「先生」と呼ばれることが
少し相手との距離を生むように
感じているのだと思います。
もちろん、
先生という存在に
否定的な意味があるわけでは
ありません。
ただ、自分の中に
「尊敬される存在でありたい」
という思いと、
「親しみを持たれる存在でいたい」
という気持ちの両方があって、
その二つがまだうまく
調和していないのかも
しれません。
見た目や表情から、
やや近寄りがたく見えるのは
自覚しています。
だからと言って笑顔を作ろうと
意識しすぎるのは
違う気がしますし、
最近は少しずつ
表情がやわらいできたようにも
感じています。
いずれにしても、
自分が「こう見られたい」
と思う姿と、
他者が実際に感じている
印象のギャップを
どう受け止め、
どう受け入れていくのか。
明確な答えはまだありませんが、
これからじっくり
向き合っていきたい
テーマです。
もしかしたらあなたも、
こんな経験が
あるかもしれません。
自分がどう見られているかを
意識することは、
誰にでもあることだと
思います。
そして、その印象と
自分の理想像が
少し違っていたとき、
どんなふうに
受け止めていますか。
無理に
印象を変えようとするのではなく、
そのギャップも含めて
自分なのだと受け入れていく。
今回の合宿を通じて、
そんなことを考えた
週末でした。
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