皆さんは
「あの人みたいに、
もっと明るく振る舞えたらな」
「もっとノリよく会話ができたらな」 と、
自分以外の人を
羨ましく思ったことはありませんか?
実は、
私自身がずっとそうでした。
私は昔から、
いわゆる「ノリ」が
決して良くはありません。
Zoomで
セッションや講座をしていても、
あまりに動きが少なくて
表情も変わらないので、
「あれ? 画面、固まってます?」
「静止画になってますよ!」
なんて言われることも
しょっちゅうです(笑)。
以前は、
そんな自分がコンプレックスでした。
「もっとリアクション大きくしなきゃ」
「もっと場を盛り上げなきゃ」 と、
無理をして疲れてしまうことも
ありました。
「静止画」と言われる
自分を受け入れきれず、
どこかで「動画」のように
生き生きと動く人たちを
指をくわえて見ていました。
でも最近、
ようやくそんな自分を
「ネタ」として扱えるように
なってきました。
Zoomが不調で
画面が固まったときも
「普段から静止画ですけどね…(笑)」
と自虐的にいじれるようにも
とはいえ、
完全に割り切れたわけでは
ありません。
今でも、
パッと場を明るくする
「ノリの良い人」を見ると、
「いいなぁ、
ああいう才能が欲しかったなぁ」と、
羨ましくなる自分もいます。
でも、それでいいんだと
思うようになりました。
これが
「私」という人間だからです。
講座の中で、ある参加者の方に
「自分が自分でいることを、
とっととあきらめめましょう」と
お伝えしたことがあります。
これは
「投げやりになれ」
という意味ではありません。
「違う誰かになろうとする
無駄な努力をやめて、
自分の最大の味方でいよう」
というメッセージです。
私が「静止画」であることは、
裏を返せば
「相手の話をじっくりと、
静かに受け止める」 という
私の強みでもあります。
もし私が無理をして
ハイテンションで振る舞ったら、
それは私の
「ニーズ(良く見られたい欲求)」を
満たすだけで(そもそも無理だけど)、
本来の私が持っている
「安心感」や「安定感」という価値は
消えてしまうでしょう。
羨ましい気持ちがあってもいい。
葛藤があってもいい。
それでも、
「まあ、これが自分だから
しょうがないか」 と、
苦笑いしながら
自分を受け入れたとき、
私たちは
一番自然なパフォーマンスを
発揮できるのかもしれません。
あなたも、
無理して「違う誰か」に
なろうとしていませんか?
自分の不甲斐なさも、不器用さも、
「それも自分だ」と
あきらめて、認めてあげること。
あきらめるの本来の意味は、
「現実を直視し、
無理な執着を手放したうえで、
次の選択をする」
こと。
それが、
自分らしく生きるための
最初の一歩なのだと思います。
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