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thanは接続詞か前置詞か?
日本の大学入試問題集などの解説では、「
thanの後は主格 (than
I など) を使うのが本来正しいが、くだけた言い方では目的格 (than
me など) が多用される」という記述がよく見られる。学校の定期テストなどで than
I のみを正解としてしまう教員が絶えないのも、その(悪)影響といえよう。
この「本来正しい」という言い方は、同時に than
me 型の用法が「誤用であったものが一般的に広く使われるようになった」という考え方を含意していることになる。しかし、言語学的に分析するとこのような考え方は必ずしも正確とは言えないようである。
まず、than
I 型を「正しい」と指示する人たちの根拠は、than が文法的には接続詞であり、上記 (1) の英文は以下の 2文を接続した結果生じたものと分析するところにある:
(1)' a. He is X (years) old.
(1)' b. I am Y (years) old.
X>Y → He is older than I am.
その後、
than I という形を見て、
than を前置詞と「勘違い」した連中が、
ちょっと~、than
I って超ウケるんですけど~www
前置詞の後なんだから、than
me じゃね?
…などと言いだした(?)のが広まって、くだけた会話表現ではthan
me が使われるようになってしまった(けしからん!)
⇒ than
I 型が「正しい・より正式」と捉える、という感じであろう。
しかし、上記分析を支える「
thanは接続詞」論というのも、実は絶対的なものではない。
例えば Huddleston & Pullum (2005) は、前置詞の範疇を、従来の「名詞句を補部に取るもの」に加え、「節を従えるもの・補部のないもの」へと拡張した分析を展開している:
(3) 補部に名詞句:We left before [the last act].
「最後の幕の前に私たちは帰りました。」
(4) 補部に節:That was before he died.
「それは彼が死ぬ前でした。」
(5) 補部なし: I had seen her once before.
「私は、彼女に以前一度会ったことがあります。」
このような考え方に立脚すれば、He is older
than I (am). でも He is older
than me. でも、
thanの品詞は共通して前置詞と分析され、補部の形が異なるだけということになる。同書では、
than(および as)は比較節という特殊な従位節をとる前置詞と分析されている。
この比較節の中では、文脈から復元可能な要素は義務的に縮約される。上の (1)' であれば、than I (am) の後の Y years old の部分は省略されており、表面に現れることは出来ない。
したがって、than
me の形は、「誤用の一般化」と言うよりもむしろ「前置詞 than の補部の再分析」と見て良いのではないだろうか。すなわち、
than を前置詞と見れば、比較節の中で be動詞以降が省略された than
I も、あるいは単純に目的格の代名詞を取る than
me も同等に「正しい」のであり、残る問題は使用頻度と場面ということだけになる。
結果、現代英語においては than
me 型が一般的に使われる形式として広く定着し、堅い文章では than
I 型も用いられることがある…というのが妥当なところであろう。
また、Swan (2005) が指摘する通り、堅い文章で「than + 比較節」の形を使う場合には、動詞も伴うことが多いという事実にも注目する必要があるだろう。したがって、学習者には以下のような認識を勧めておきたい:
彼は私より年上です。
→ Informal: He is older than
me.
→ Formal: He is older than
I am.
(参考文献)
- Huddleston, R. and G. K. Pullum (2005)
A Student's Introduction to English Grammar, Cambridge University Press, Cambridge.
- Swan, M. (2005)
Practical English Usage, 3rd ed., Oxford University Press, Oxford.
- 八木克正 (2007) 『世界に通用しない英語―あなたの教室英語、大丈夫?』開拓社, 東京.