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Pleaseという病:
日本人英語のどうかしている誤解

London Underground

MIND THE GAP

London Underground (tube)で耳にする典型的なアナウンスといえば、

  • "Mind the gap."「電車とホームの隙間にご注意ください。」

が真っ先に挙げられる。 Mind~と始まっていることからわかる通り「命令形 (imperative)」が用いられており、 the gapというのは「話し手(アナウンス)と聞き手(乗客)の間で共通認識される『隙間』」を表しており、何を指しているのかを特定するには文脈を参照する必要性が生じる。

一方で、日本で電車や地下鉄に乗っていると、 "Please watch your step when you get off."やら "Please change here for the OO line and the XX line."のようなアナウンスを(どの鉄道会社でも)耳にする。

これを見て「ロンドン交通局は不親切で不躾だ!」と憤るのは早計であり、むしろ "Please病"に罹患してしまっている症例である。

PLEASE = 「どうか」

Pleaseを「どうぞ(〜してください)」という日本語に相当する表現だと誤解している学習者は非常に多いが、実際には「どうか」の方が近い。歴史的には if it please you「御意に叶いますならば・差し支えありませんでしたら」にさかのぼる表現であり、聞き手にとってはマイナス(手間など)になることを要請する際に用いるスイッチなのである:

  1. It's cold in here.
  2. Please, it's cold in here.

1.は「この中は寒い」という単なる事実を述べているだけでもありうるし、発話状況によっては「窓を閉めてください」や「暖房をつけてください」などの意図を表すこともできる。言い換えれば、1.単独では話者の意図を特定することができないのである。

一方で 2.のように文頭に Pleaseを置くと、「どうか、『寒い』という状況を改善するための何らかの行動をとってください」と聞き手に要請する解釈に限定される。

どうか乗り換えてくださいm(_ _)m

これを踏まえて冒頭に挙げた日本の電車アナウンスを再考すれば、 pleaseをつけることで丁寧どころか奇妙な印象を与える結果になっていることが理解できるであろう。

足元に気をつけることによって利益(安全)が得られるのは、聞き手である乗客であって話し手ではないし、鉄道会社に請われて電車を乗り換える人もまずいないだろう。

※ 付言すれば、" Please change here for the OO line and the XX line."では文中の andも「両方とも」を表すために違和感を生む。忠実に日本語で表すなら「どうか、私どものために、ここでOO線とXX線に同時に乗り換えてくださいm(_ _)m」という意味になる。

疑いと検証の姿勢を

日常生活の中で繰り返し見聞きすることで、知らず知らずのうちに刷り込まれてしまうような日本国内にある "英語表現"は、残念なことではあるが、まず疑ってかかった方が懸命と言える。

今回紹介したような、誤解に基づく奇妙な "英語表現"は、日本語をそのまま英語に「置き換え」ようとすることによって生み出されてしまう。そうではなく、「日本語でこのような言い方をする状況において、英語ではどのような表現を用いるのか?」ということを常に確認することが大切。

そうすれば、英語文化では「相手の益となることは『命令形』でさらりと言えば事足りる」ということや、「文脈から特定できる対象はくどくど言わず、 the gapのように必要最低限だけで済ます」ということが見えてくる。

☆HERE IS THE PATH TO WONDERLAND★

◯◯鉄道さんの頼みなら、一肌脱いで乗り換えてやろうってぇじゃねぇか!

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(参考文献)

  • 安井稔 (1988) 『英語学と英語教育 (現代の英語学シリーズ (10))』, 開拓社
  • 土居耕三 (2017) 「第12章 構文 (1)」『授業力アップのための一歩進んだ英文法 (英語教師力アップシリーズ)』 加賀信広・大橋一人 [編], 開拓社
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